秘められたものは
物置と化していた作業部屋の一室。
作業台の上に乱雑に置かれた物を、適当にどかしていく。
「ヒイラギ、ここに座れるか?」
ヒイラギは素直に頷き、作業台の上に腰掛けようとするが───。
「あっ」
腕を使えないまま腰掛けようとしてバランスを崩し、よろめく。
そんなヒイラギを、思わず前から抱きとめるような格好になりながら支えた。
セミロングの黒髪が俺の頬に触れる。
「大丈夫か?」
少し重いが、ヒイラギも足で踏ん張ってくれていることもあり、家に運び込んだ時ほどの重さは感じられない。
「は、はい……」
消え入りそうなほど小さな声で答える。
肌には人間のぬくもりが感じられない。
それなのに、触れる頬が少し熱く感じるのは気のせいだろうか。
支えてやりながら、ヒイラギを作業台へと座らせた。
「モモ、ドールをこっちの台の上に置いてくれ」
モモは言われた通り、もう片方の作業台へドールを仰向けに寝かせた。
「もう一体の方は、入口の床にでも運んでおいてくれないか?」
「分かった」
嬉しそうに頷いて、モモはリビングへと戻った。
何がそんなに嬉しいのだろうか。
そう考えながら、モモが出ていった部屋の入口をしばらく見つめる。
「お父さんの役に立てて嬉しいのです」
俺の考えを読むように、ヒイラギは微笑みながら言った。
「そう、か」
なんと答えればいいのか分からず、頭を掻きながら横たわったドールへと近づく。
顔の造りはヒイラギとは違い、人形らしさが目立つ。
だがそれも、まじまじと見なければ分からない程度だ。
肌に触れてみても、やはり作り物らしい感触がある。
こうして比較すると、ヒイラギ達がどれほど精巧に造られているのかがよく分かる。
胸に開いた大きな穴。
ヒイラギが両腕を犠牲にして開けたものだ。
その断面をまじまじと見る。
薄い皮膚の下には、すぐに強化骨格がある。
薄い人工皮膚の下には、すぐに強化骨格がある。
人間らしさを削り、戦闘に特化させた構造。
ヒイラギの言葉を借りれば、これは人間ではない。
明確な、戦闘用の機械だ。
ドールの服を脱がせ、手に取ったメスで肩の辺りの皮膚を切る。
血は流れることなく、メスの後に赤い線だけが引かれていく。
その線に指を差し入れ、剥がすように引っ張ると、薄い人工皮膚はブドウの皮のようにぺろりとめくれた。
「ヒイラギ。ひとまずドールの腕をお前に換装する」
露わになった強化骨格。
見覚えのない規格だが、そこまで複雑そうではない。
工具を手に取り、肩と腕を接続している部品を外していく。
「作業中は痛みや嫌悪感を感じるかもしれない」
久しぶりの作業だが、俺の手は驚くほど滑らかに動いてくれる。
何度も、何度も繰り返してきた作業。
体が覚えているのだろう。
「だから、作業の間は───」
ものの数分で、ドールから左腕を取り外すことができた。
視線をヒイラギへと移す。
作業台に座り、俺の作業を微笑みながら見つめるヒイラギと目が合った。
楽しそうに。
嬉しそうに。
───スリープモードに移行していてもいいぞ。
ヒイラギの顔を見て、そう言おうとしていた口から声が発せられることはなかった。
その言葉が、なぜか彼女に相応しく思えなかったからだ。
「……寝てていいぞ」
どんな言葉が正しいのか分からない。
絞り出した言葉に、なぜか気恥ずかしくなり、ヒイラギから視線を外してドールの右腕を外す作業に取り掛かった。
「見てても、いいですか?」
ヒイラギの言葉に、何がそんなに面白いんだと思いながら作業を続ける。
「痛覚だけは、切っておけよ」
思わず素っ気ない言葉を返してしまう。
「はい」
嬉しそうに頷く気配を感じながら、よく分からない気持ちを振り払うように作業へ没頭した。
かちゃかちゃと、工具が動く音だけが部屋に響く。
「痛覚は切ったか?」
ヒイラギは頷く。
だが、その顔は少し不安げに曇っているように見えた。
「……心配するな。きれいに仕上げる」
どう声をかけるか迷った挙句、そんな言葉を呟いていた。
ヒイラギは少し呆気にとられたような表情をして───。
「はい」
嬉しそうに頷いた。
自らが発した気障ったらしい言葉に、顔が少し熱くなるのを感じながらメスを持ち直した。
「……」
ドールと同じように、ヒイラギの肩の皮膚へメスを入れていく。
目立たぬように気を付けながら、それでも必要な大きさを、線を描くように切り開いていく。
だが、刃を進める感触に違和感がある。
俺が想定していたものとは、明らかに違う構造でヒイラギは組まれている。
なんだ、これは───。
頭の中に浮かんだ疑問に急かされるように手を動かし、皮膚を、その下の人工筋肉を切り開いていく。
そして、ようやくヒイラギの強化骨格が見えてきた。
「───!」
そこに刻まれた型番を見て、声が出そうになるのを必死に堪える。
『やはり……そうか』
胸の中で呟く。
ヒイラギに気取られぬよう、何事もなかったかのように手を動かし続ける。
───私達はちゃんとした、人間です。
それを言った時の、ヒイラギの表情。
ヒイラギの声。
思い返すだけで、工具を握る手に力がこもる。
ドールとは違い、慎重にヒイラギの腕を肩から外した。
しばらく、その腕を持ったままヒイラギの肩口を見つめる。
その先にあるもの。
無くてはならないもの。
それを考えるだけで、胸が痛む。
俺が直接手を下したわけではない。
それでも、これも俺が生み出した結果なのだろう。
「あの……」
不安そうに、ヒイラギが俺を見る。
「大丈夫だ。少し確認していただけだ」
何事もなかったかのように嘯きながら、ヒイラギの腕とドールの腕を持ち替える。
「ヒイラギ」
俺の声に、ヒイラギは首を傾げる。
「あまり、無理をするなよ」
この言葉は謝罪だ。
全てをぶちまけ、涙ながらに謝れば、どんなに楽だろうか。
だが、それで楽になるのは俺だけだ。
それは許されない。
俺にできることを、全てするだけだ。
それが、俺の贖罪。
「はい!」
嬉しそうに返事をするヒイラギの顔に。
その声に。
俺の胸は、激しく痛んだ。




