背中を押す感情
「何かって……」
俺の言葉に返答することなく、リリは遠くを見つめるように動かない。
「私達に近いものが……速い」
その言葉を聞きながら、モモが手近にあったパイプ製の棚を解体しだした。
「父上。これ、借りてもいい?」
その骨組みで一番長いパイプを手に取りながら聞いてくる。
「あ、あぁ……良いが」
その言葉に満足そうにモモは頷いて、リリの元へと戻る。
「サポートは任せます」
ヒイラギは腰に挿していた電源ケーブルを抜きながら立ち上がった。
「分かった。チャンネルを渡す」
リリがヒイラギとモモの手を握った。
そして、三人は数秒ほど目を閉じた。
「行動開始」
リリがそう呟くと同時に三人は目を開け、ヒイラギとモモは外へと飛び出して行った。
「おい───」
「お父様はこっち」
状況がつかめず、戸惑う俺の手をリリが引っ張る。
体格に見合わない強い力に、つんのめりそうになりながらも、ついて行く。
「ここに、いて。大丈夫、それなりに回復してるから五割の動きは可能」
窓から少し離れたダイニングの椅子に座らせる。
「そうじゃなくてだな」
リリは俺の言葉に首を振る。
「大丈夫。私達は負けない。だって───お父様の娘達だから」
誇らしそうに胸を張りながら言った。
お父さんの家を飛び出し、モモと二人で並走しながら目標に向かって走る。
リリから渡されたチャンネルを通じて、声が聞こえてきた。
『ブリーフィングを始める』
『戦闘は最小限に抑え、速やかに終わらせる。それが、ひいてはお父様のためとなる』
『目標は二機。モーションパターンにより、スタンドアローンのドールと認識』
『現在のパターンは哨戒モードと思われる。現拠点であるお父様の家からは離れた位置での戦闘が好ましい』
『彼我の位置関係をリアルタイムで送っていく。それぞれのポイントで待機。目標の沈黙を勝利条件とする』
『最優先事項はお父様の保護、第二に拠点の隠匿とする』
『対象の沈黙を確実にするため、ツーマンセルで各個撃破を基本戦術とする』
『情報共有を円滑にするため、手前ドールをアンノウン1───略式U1、もう一体を同じくU2と呼称する。以上』
リリの説明が終わったあと、視界の隅に3Dでグリッド表示されたマップが現れる。
任意の視点へ動かすことのできるマップだ。
私とモモの位置が緑の点で表示され、U1とU2を示す二つの赤い点が移動している。
『ヒイラギ』
モモの声が頭の中に響く。
『U1がU2から十メートルほど離れたら、牽制しようと思うがどうだろうか』
『牽制といわず無力化してもかまいません』
『分かった。ただ、私が装備している武器では心許ないかもな』
モモが手にしているのは、お父さんから借りた組立式の棚の鉄パイプだけだ。
確かに、機械仕掛けの人形にあれが通じるかと言われれば、疑問が残る。
『殴るより、刺す。とどめより牽制で使う方が有効だろうな』
『ただ、その”とどめ”をどうさすか、ですね』
『そうだな、装備が充実していればなぁ』
なぜか、違和感を覚える。
こんなにも私は───私達は弱かったのだろうか?
あんな人形如きを停止させるのに考えないといけないなんて。
もっと、もっと違う何かが。
力があった気がする。
『ヒイラギ!』
モモの呼びかけにハッとする。
『U1がそろそろ目標距離に達するが、大丈夫か?』
『え、えぇ。ごめんなさい、少し考え込んでしまってました』
『そうか。大丈夫ならいいが……。しかし、歯がゆいな。あんなのにいろいろ考えをめぐらさないといけないなんて』
私と同じように違和感を覚えているのか、それともただ単にイラついているだけなのか、歯噛みするような声が聞こえる。
『それでも、行くしかありません。お父さんのためにも』
拳を握り締め、まだ見えぬ敵を睨むように前を向き走り続けた。
リリに指定されたポイントである屋根の上から、目標であるU1を見下ろす。
人間のような背格好をしているが、動きは人間の動きを真似た人形という言葉がぴったりなほどぎこちない。
キョロキョロと辺りを見回しながら動いている。
『ヒイラギ』
頭にモモの声が響く。
モモの方へ向くと、私と同じように家の屋根の上に立ちU1を見下ろしているモモがいた。
『カウントはしない、合わせてくれ』
私はそれに何も答えず、身を屈めて臨戦態勢をとった。
トンッと音がしてモモが屋根から地面へ降り立つ。
その音や動きに反応するようにU1がモモのほうを向いた。
その隙に屋根から屋根へと飛び移り、U1の背後を取る。
同じように反応して、こちらへ振り向いた。
その隙をついてモモが肉薄する。
ワンテンポ反応が遅れたU1が防ぐより速く、鉄パイプをねじ込むようにして太ももを貫いた。
そのままモモは鉄パイプを両手で押さえ込み、U1の脚部を地面へ縫い止める。
『ヒイラギ!』
『そのまま押さえていてください!』
それと同時に、私がU1の背後から襲いかかる。
私の眼前にきらめくものがあった。
私はそのきらめきに反応し、殴ろうとした右手を引っ込める。
だが、きらめきを躱し切れず、右手の人差し指と中指が吹き飛んだ。
U1の手のひらから飛び出した刃渡り三十センチはありそうな両刃の刀身。
右手と同じように、左手のひらからも同じ刃が飛び出した。
切り飛ばされた指を、私は不思議なものを見るように見つめる。
この刃がお父さんを……。
傷つけようとしている───!
脳裏に刃に倒れる結園朔也───お父さんの姿が浮かぶ。
その姿を想像するだけで、私の思考は真っ赤に染まる。
そしてまた同じようにU1へと襲いかかった。
両腕の刃がふるわれる。
それを素手で払う。
払う。
払う───!
刃が嵐のようにふるわれ、月夜にきらめく。
その度に、私の手の皮が、血が、肉が飛び散っていく。
それでも前へ。
前へ。
ひたすら前へ。
指が無くなり、手もなくなり、腕だけになってもなお止まらない。
止まることはできない。
私の背中には、お父さんがいる!
『ヒイラギィ!』
悲鳴のようなモモの声が、私の名を呼ぶ。
視界の端に、今にも泣き出しそうなほど悲痛な表情を浮かべるモモが映る。
『大丈夫です! モモはそのまま───!』
すでに、骨───金属製の強化骨格がむき出しになっている。
だが、私の腕は止まらない。
痛みはエラーとなって私の脳裏を駆け巡る。
一つ間違えれば、目の前の刃は容易く私を貫くだろう。
死への恐ろしさはある。
だが、そんなことよりも。
お父さんを害そうとする目の前の敵が、憎くて堪らない。
強迫観念にも似た感情。
それが、私自身のものなのか、プログラムなのかは分からない。
だが、それが。
その感情が、ただひたすら私を前へと駆り立てる。
前へ、前へ。
少しでも、確実に。
そのとき変化が起きた。
感情なんか持ち合わせてないはずなのに。
ただの人形のはずなのに。
U1は、まるで私に恐れおののくように、刃を振るう腕の動きが一瞬止まった。
止まった腕を払い、がら空きになった胸元へ、ねじ込むように腕を突っ込んだ。
私の腕は、人間でいう背骨と神経束にあたる部分を引きちぎりながら、U1の体を貫いた。
ブチブチと、引きちぎるような音が辺りに響く。
ガクガクとU1が痙攣するように震え、ついにはガクリと動かなくなった。
U1の完全な沈黙を確認し、右腕を引き抜いた。
「ヒイラギ……」
鉄パイプから手を離し、モモが駆け寄ってくる。
「大丈夫か?」
悲痛な面持ちで、恐る恐る私の両腕に触れようとする。
「え、えぇ」
その時初めて自分の両腕の状態に気づいた。
肘から先は無くなり、削られた強化骨格がむき出しになっている。
先程までの激しい感情が嘘だったかのように消え、私は呆然と両腕を見つめた。
『なにをしている!』
焦りと苛立ちを含んだリリの声が、頭の中に響く。
視界の隅にある地図上で、赤い点───U2がどんどんと離れていくのが分かる。
追いかけようとモモが動く。
だが、U2の動きは速い。
損傷の少ないモモでも、追いつくのは難しいだろう。
『もういい、任せて』
脳内に響く、苛立ちを隠そうともしないリリの声。
『このまま逃がすぐらいなら───』
そこで一方的に通信が切れた。
わずかな静寂の後───。
風切り音が響き、まばゆい閃光が夜空を走った。
その閃光は離脱するU2の頭部を正確に貫き、流星の如く闇夜へと消えていった。
閃光の射線を辿ると、お父さんの家の屋根に立つリリの姿が見えた。
両手のひらを向かい合わせ、筒を形作るように両腕を前へ突き出したまま静止している。
窓から屋根まで引き延ばされた太い電源ケーブルが、リリの腰へと繋がっていた。
長く真っ直ぐな黒髪が、水面に漂うように中空へ広がり、ゆらゆらと揺れている。
リリの両腕は焼け爛れ、ぶすぶすと黒煙を上げていた。
時折、帯電しているかのようにバチバチと電気が走る。
『目標の沈黙を確認。外部へ情報が発信された形跡も無し。周辺住民にも動き無し。ミッションコンプリート。二人は急いでU1とU2を回収して』
リリはそう指示しながら、腰の辺りに差し込まれていた電源ケーブルを乱暴に外した。
先程まで私達が電力を補給していたものと同じケーブルだろう。
外した瞬間、バチリと火花が散り、周囲を一瞬だけ明るく照らした。




