表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
6/7

罪の名前

「あなたは、私達のなに?」

03が首を傾げるようにして聞く。


「俺は、俺は……」

どうやってこの子達が作られたのか、脳裏に浮かぶ。


胸に刻まれた白い花───水仙。

その名を、意味を、俺は知っている。

俺だからこそ───。


目の前の01の顔を見る。

不安に曇る表情。

揺れる瞳。


思わず、喉が鳴る。


俺の提案した通りであれば、果たして俺はどれだけ残酷なことを彼女達に伝えなければならないのか。

気持ち悪いものが喉元までせり上がってくる。


「無理して、言うことはありません」

01が握ったままの俺の手をゆっくりとさする。


「大丈夫ですから」

それは何に対しての大丈夫なのか、俺には分からなかった。

ただ、その手が、あまりにも優しすぎて。

俺は01の手を振り払うようにして立ち上がり、家の奥へと歩く。


階段下にある物置の床下から、もう使わないと思っていた太い電源ケーブルを三本引っ張ってきた。


「インターフェースはそっちで合わせろ。あいにく、この形式しかない」

03はじっと接続部分を見て頷く。


「ありがとうございます」

01は恭しく頭を下げた。


「構わない。……少し頭を冷やしてくる」

お礼を言う01の顔をまともに見ることも出来ず、逃げるように自室へと向かった。




この家の主───結園朔也が部屋を出て行った。

それを見届けて私は電源ケーブルを手に取り、03へと向かう。

『どう思う?』

短距離での脳内通信で03が私に問いかける。


『どう、でしょうか。私達の関係者であるのは明白です。それも、相当に深い関わりがあることは読み取れます。何か情報はありますか?』

満足に動けない03の体に、電源ケーブルを差し込みながら答える。


『悔しいけど、分からない。ここの住所が展開された理由も、あの人が誰なのかも。色々アクセスを試みたけど、不思議なぐらい私達に関係のない経歴しか出てこない。研究所にも、関連する情報や写真は残っていない』

先ほどのやりとりが嘘のように、この回線上では03は饒舌だった。


『ひとまず、こうやって回復する術を頂けたことに感謝しましょう。今後のことはそれからですね』

02にも同じように電源ケーブルを差し込んだ。


『私達に相当な負い目があるのは、私でも読み取れる。それを利用して、ここを拠点として使用していきたい』

03の言葉に、自分に差し込もうとした電源ケーブルの手が止まる。


『03、それは……』

03を見つめるが、その瞳は揺らぐことなく冷たい。


『01、私達には選択肢は多くない。利用できるものは利用しないといけないはず』

何か間違っている? と、無垢で温もりのない瞳が私を見つめる。


『……分かって、います』

03の言う通り。

私達の目の前にある選択肢は少ない。

それが分かっているから、03の言葉を否定することができなかった。


『ならいい。私は話が上手くないから交渉は任せる。でも、感情に任せて選択を誤らないで』

『……分かりました』

自分にも電源ケーブルを差し込み、充電を開始する。

『それに、私は知りたい。結園朔也が私達と、どう関係しているのか』

03の言葉には返答せず、ただ頷くだけに留めた。


そう、私も知りたい。

無理に聞き出したいわけではない。

言い難いことなのは、先程の反応で分かっている。


だけど───。

それは私達自身の事でもある。


目を閉じ、03の言葉を頭で反芻しながら、彼にどう話を進めていくべきか考えた。




「すまなかった」

三十分ほどかけて、落ち着いてからリビングへと戻ると、02がクリクリした丸い目をしょんぼりとさせて謝ってきた。


「気にするな。お前はお前なりに考えて、仲間の為に動いただけだろう」

それに、いまさら謝られても困るしな、と付け加える。


「そう言ってもらうと助かるよ」

許されて安堵したのか、嬉しそうに無邪気な笑みを浮かべる。


「それで、どのぐらいで回復しそうだ?」

その笑顔を直視するのが辛くて、話題を変えるように01へと視線を向けた。


「あと一時間程度で問題なく動けるようになります」

腰のあたりに挿したケーブルに触れながら、01は微笑んで答える。


「そうか」

返事をしながら先程と同じように、ソファーへと座る。


「それで、何があったんだ? どうして、逃げてきたんだ?」

俺のことを知らない口ぶりから、俺が目的ではないことは明白だ。

なぜ、彼女達は逃げる必要があった?


01は考えるように、視線を自らの手元に落とした後、意を決したかのように顔を上げた。

「試作機として作られた私達は、十分な結果を得られたとして廃棄される予定でした」

「01!」

その言葉に03の鋭い声が飛ぶ。


03の言葉に01は首を振る。

「03、構いません。私達は伝えるべきです。ここまでしていただいたのですから」

それでも、03は責めるように01を見続ける。


「廃棄……だと?」

思いもよらぬ言葉の衝撃に、零れるように口から言葉が漏れた。


「はい。私達は知りたいのです。何の目的で生まれ、そして何を成すべきなのか。私達にはそれを知らされず作られ、データが取れたから廃棄される」

まっすぐな瞳で01は俺を見つめる。


「私達はただ、生きたいだけなのです」

その瞳に思わずたじろぐ。


「私達はここを拠点としたい。しかし、あなたの負い目を利用してではなく、お互いを理解して納得して共存したい」

「01、あなた……!」

03の言葉にかまわず、01は言葉を紡いでいく。


「結園朔也さん。あなたは一体、私達の何なのですか? いくら調べても出てこない。ただ、この設備や先ほどの反応から見ると私達と浅からぬ縁があると感じられます」

「それは……」

01のまっすぐな瞳に、気圧されるように顔を背けた。


「その内容が、私達にどれほどの影響があるのかは分かりません。ただ、知る権利があるように思えます」

胸に手を当て、前のめりになりながら、01は核心に迫ろうとする。


その言葉に、胸が痛む。

言った方がいいのは分かる。

だが、それを言ってしまうと俺は───。



「……詳細は言えないが、お前達の関係者である。それだけでは、ダメか?」

苦し紛れの言葉に、01は不思議そうに首を傾げる。


物事が急に大きく動きすぎて、感情の整理が追いつかない。

触れられたくない部分を守るように、言葉を選んでしまう。


「話すことにより、何か不利益でもあるのですか?」

01の素直な言葉に、黒い感情が頭をもたげる。


なぜ、そっとしておいてくれないのか。

苛立ちにも似た感情を必死で抑える。


「いや、俺が言いたくないだけだ。それに、そのうち嫌でも知ることとなる。だから……今は勘弁してくれないか?」

荒くなりそうな言葉を押さえながら、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

知らず知らずのうちに、胸元を強く握りこんでいた。

感情を抑え込むように。


「それでも、聞かせて欲しいんです。少しでも、私達のことを」

それでもなお、01は俺へと踏み込んできた。


「……ないんだよ」

我慢ができず、言葉が漏れた。


「え?」

「ないんだよ、理由なんて!」

もう、止まらなかった。


「頭が周りより多少良い奴が集まって、いったい自分達がどれだけ優秀かを追い求めた結果がお前達だ!」

感情のままに、言葉を吐き出す。


「どういう……」

「お前達は、そんなバカな俺達のエゴによって、自己満足によって作られた! 俺は天才ともてはやされて有頂天になったバカの一人で、その計画のチーフだったんだ……」


「おかしい」

03の呟くような声。

「私の記憶している限り、開発者の中で貴方の顔を見た覚えがない」

頭の中にあるデータと、俺の顔を照らし合わせるように感情の少ない瞳が俺を見つめる。


「そりゃ、そうだろう。俺がいた時お前達は計画書という紙束でしかなかった。もっとも、GOサインさえ出れば完成させるのに一年もかからないと自負していたがね」

素体さえ見つかればだが、と口の中で小さく呟く。


「どうして……」

01の疑問の声に首を振った。


「さぁな、俺でもよく分からない。冷めたのか、怖くなったのか、苦しくなったのか。あの時も、今も分からない。ただ、俺はお前達という存在を、目の前にして逃げだしたんだ」

感情を吐き出し切り、大きく一つ息を吐いた。

彼女達にとっても、少なからず衝撃的な話だったのだろう。

しばらく三人は顔を見合わせていた。


「そういえば、お前達は作られてどのくらい時間が経っているんだ?」

その沈黙に耐えきれず、ふと湧き上がった疑問を口にした。


俺の言葉に、記憶を探るように01が口元へ手を当てる。

「いちばん古い記憶から換算して二年と少し。02と03はその少し後です」

01の言葉をもとに時間を逆算し、当時の記憶を探る。


「俺が出て行って、一年後ぐらいからスタートしたのか……それとも」


───俺の知らないところで、既に始まっていたのか。

それを確認する術はない。


「私は、まだ信じられない」

02の言葉に考えが遮られる。


「貴方が、私達を生み出した計画の中心にいたということ 」

02の澄んだ瞳と言葉に、俺は首をすくめた。


「別に信じなくてもいいさ。生みの親を名乗るつもりもないし、できるわけがない 」


そう、俺はもう離れた。

この子達から逃げ出してしまった。

育てることも。

支えることも。

そして、守ることさえ放棄した俺に、その資格はない。


溜め込んでいた感情を吐き出し、ようやく少しだけ冷静になった。

その時、初めて三人をきちんと見た気がした。

服は所々ほつれ、顔は汚れ、髪も乱れている。


───研究所を逃げ出す。


口にするだけなら簡単だが、ここへたどり着くまで、相当な苦労をしてきたのだろう。

かつて所属していた研究所の警備を思い浮かべる。


そんな三人を見て、なぜだか胸が少し痛んだ。

罪悪感だけではない何かが、俺を突き動かそうとする。

電源以外に、何か与えられるものはないか。

そう考えた時、自らが成した最後の仕事が思い浮かんだ。


「ただ、少しでも許してもらえるなら、これだけは知っておいて欲しい」

考えるより先に、口からこぼれた言葉。

三人の視線が俺に集まる。


「お前達の名前だ。そんな数字ではない、俺が最後の最後で付けたお前達の名前」

あの場所を去る直前。

計画書の中にしか存在しなかった三人へ、せめて人間としての何かを残したくて付けた名前。

俺の、最後の仕事だった。


三人の視線に、もう臆することなく、向き合う。


「ヒイラギ」

玄関で二人を抱きかかえ、守っていた01を見つめる。

“あなたを守る”

優しさを願った名前。


「モモ」

仲間のために、迷うことなく俺へ刃を向けた02を見る。

誇り高く、誰にも踏みにじられない、強さを願った名前。


「リリ」

03には腰をかがめ、目線を合わせながら。

何ものにも染められず、純粋であってほしいと願った名前。


「それがお前達の名前だ」

これが彼女達の慰めになるのかは分からない。

それでも、機械の品番のような味気ない名前ではなく、一人の人間としての名前があることを教えてやりたかった。


名前を告げた途端、三人は雷に打たれたように動かなくなった。

瞳から光が消え、ボゥっと虚空を見つめている。


「ど、どうした?」

何が起きたのかと戸惑っていると───。


「お、お父さん……」

01───ヒイラギの空虚だった瞳が、俺へ向けられた。


「え」

思いがけない呼び名に、間の抜けた声が漏れた。


「リリ、と名前を呼ばれた瞬間、私ですら認識できなかった領域が開いた 」

感情の乏しかった表情が、わずかに明るくなる。

「今まで感じたことのないものが、溢れてくる。……これは、感情? 」

リリは自らの胸元に手を当てる。

「それに……お父様を見ていると、何か……」

俺を見つめるその瞳には、先程とは違う感情の色が滲んでいた。


「お……」

驚きと困惑に、声がうまく出せない。


「なるほど、すっとした。02と呼ばれると違和感があったんだ。そうか、モモか。いい名前だ。気に入ったよ父上」

屈託のない笑顔を俺に向け、嬉しそうに笑う。


「ずっとふわふわとした気分でした。自分が自分であって、自分ではないような。まるでゲームの中の誰かを、遠くから動かしているような感覚でした 」

自らの胸に手を当て、目を閉じながらヒイラギは言葉を紡いでいく。

まるで、ようやく手に入れた大事なものを、もう手放さないように。


「ヒイラギ、と呼ばれた瞬間、ずっと遠くにあった心が、自分のところへ戻ってきたような、そんな気がしたんです。お父さん 」

まるで人が変わったように、俺を父と呼ぶ三人。


何がそう呼ばせているのか。

その得体の知れないものに、背筋を冷たいものが走った。


「や、やめてくれ!俺は、俺はお前らにそう呼ばれる筋合いも、謂れも、資格さえもない!」

否定する俺に、ヒイラギは何度も首を振る。


「あります。私達が貴方を父と認めているんですから」

「そんなモノ押し付けないでくれ───」

悲鳴のような言葉を遮るように03───リリが手で制した。


「何か、接近している」

虚空を見つめながら呟くように言った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ