幕間:野望の終焉
昭和16年(1941年)9月 ホワイトハウス
【フランクリン・デラノ・ルーズベルト】
「大統領の弾劾法案が可決されました。このままですと、上院で有罪になる可能性もあります」
「なんだとっ! くそっ、ウィルキーの野郎!」
とうとう弾劾法案が下院で可決されてしまった。
たしかに日本との戦争が始まって以来、我が軍にはいい所がほとんどない。
しかしそれは兵の士気に関わるので、被害状況は少なめに公表し、逆に成果は過大に喧伝してきた。
それが公にならないよう、OWI(戦争情報局)には厳しい情報統制を強いている。
だが日本が公開した情報を、全てもみ消すのも不可能だ。
おかげでマリアナ沖海戦に参加した兵士の、遺族や家族がうるさくて仕方ない。
さらにウィルキーの野郎がその尻馬に乗って、私の弾劾を訴えはじめた。
もちろん断固として統制しようとしたが、敵もさるもの。
まんまと弾劾法案を提出し、可決まで持ちこんだ。
このままでは、本当に弾劾されてしまう。
「軍の高官を呼べ! とりあえず集まれる者だけでいい」
「はっ」
その後、軍の高官が集まると、私は事情を説明した。
「というわけで、仮に弾劾が成立した場合、日本と講和を結ぶ可能性が高い。そうなれば雪辱を果たす機会は失われるだろう」
「なるほど。その可能性はたしかにありますな。しかしだからといって、大統領は何をお望みですか?」
「決まっている。戒厳令だ」
「戒厳令ですと!」
「閣下、それはなりません」
皆がそれに反対するが、私にはその権限があるのだ。
「いや、断固実行する。どうせ今回の弾劾騒動だって、日本が裏で煽っているに違いないのだ。そしてこのままでは、ウィルキーが大統領になる可能性が高い。そうなれば君たちも、責任を問われるだろうな」
「そ、それはそうかもしれませんが……」
「いくらなんでも、戒厳令までは……」
なおも渋る将軍たちに、私は甘い言葉を掛ける。
「大丈夫だ。あくまで海軍が進める艦隊決戦までの、緊急措置に過ぎない。そこで勝利すれば、世論も落ち着くだろう。その時点で解除する」
「それはもちろん、海軍が負けたとしてもですな?」
「もちろんだ」
「それなら、まあ、やむを得ませんな」
こうして将軍たちを説き伏せると、数日の準備を経て、戒厳令を発動した。
そして全土を軍の統制下に置き、来たる決戦に備えたのだ。
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昭和17年(1942年)4月 ホワイトハウス
その後の展開は、目論見どおりになった。
私の指導を批判する輩は弾圧し、日本を打倒するための準備に、金と資源を集中する。
おかげでパナマ運河は早くも復旧し、新たな艦隊も編成できた。
そして満を持して送り出したのだが……
「大統領! 残念ながら、我が艦隊はまたもや壊滅しました。ただし敵艦隊にも、相当な打撃を与えた模様です」
「なんだとっ! あれだけの資源をつぎ込んでおいて、負けたでは済まないのだぞ!」
「まことに申し訳ありません。しかし現実は、覆しようがありません」
そんな馬鹿な。
あれだけの戦力を殲滅するなど、日本艦隊はどうなっているのだ?
不幸中の幸いで、今回はかなりの打撃を与えたらしい。
それを喧伝して、時間を稼ぐか。
そんな事を目論んでいると、さらに嫌なニュースが入ってきた。
「大統領! デラウェア、ニュージャージー、ニューヨークの3州で、山火事が発生しました。日本はこれをチェリーによる攻撃だと、声明を発しています」
「くそっ! ジャップは大西洋にまで手を出してきおったか。一体、どうやってだ?」
「南米回りか、アフリカ回りかは分かりませんが、潜水艦を派遣したのでしょう。スエズ運河は監視しているので、通過はあり得ません」
「馬鹿な。そんな何万マイルも航海できる潜水艦など、あるわけがない」
「パナマが攻撃されたのですから、決して不可能ではないかと。どこかで燃料ぐらいは、補給できるでしょうし」
それを聞いて、恐ろしいことに気がついた。
「まさか、イギリスが協力しているのではないだろうな?」
「イギリスですか? あの国は中立を表明していますが、補給ぐらいはあり得るかもしれませんね」
「いいや、そうに違いない。あの紳士きどりの、ライミーどもめ! くそっ!…………それはそうと、爆撃の被害はどうなっている?」
「は、現在、5ヶ所で火災が確認されています。幸いにも、どこも森林や農地なので、人的な被害はありません」
「またしてもか! 都市を狙っていないからといって、正義づらをしおって。西海岸の山火事が、どれだけの被害を出したと思っている!」
「は、はあ……」
ひとしきり悪態をついて、ようやく冷静になれた。
そこで世論の反応について訊ねると、やはりろくなことになっていなかった。
「3州の市民は大パニックです。いずれ都市にも撃ちこまれるのではないかと、騒ぐ声もあります」
「くそっ! 西海岸だけでなく、こっちでもか。議会は停止されているから、吊るし上げられる事はないのが救いだな」
「それはそうですが、また抗議デモが起きる可能性は高いかと」
「その時は、また軍に解散させればいい。今はそんな悠長なことを、言っていられる状況ではないのだ。我々は団結しなければならん」
「……了解しました」
補佐官は引き下がったが、ずいぶんと不満そうだ。
しかし今はそれどころではない。
乾坤一擲の艦隊決戦に破れたうえ、東海岸まで脅かされているのだ。
このままではステイツが、内部から崩壊してしまう。
なんとかしなければ……
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昭和17年(1942年)6月 ホワイトハウス
馬鹿な!
カリフォルニアからバージニアにかけての15州が、ステイツを離脱しただと?
しかもフーヴァーを大統領にして、アメリカ連合国を名乗りおった。
あんな無能を大統領に戴くなど、何を考えているのだ。
おかげでステイツに動揺が走り、ウィルキーが一部の軍人を味方につけて、反旗を翻してしまう。
この大事な時期に反乱を起こすなど、何を考えているのか?
おまけにどうやら、私の方が劣勢らしい。
「大統領! 防衛線が突破されました。しかも味方の兵が、次々と投降している模様です」
「なんだとっ! 反乱軍に投降するとは、なんたる裏切りか! 恥を知れ!」
「し、しかし……」
その瞬間、扉を開けて軍の高官が数人、入ってきた。
「貴様らっ、無礼だぞ! ここをどこだと心得る!」
「大統領、今日は勧告に参りました。この非常時に内戦を引き起こした責任を取って、辞任していただきたい」
マーシャル陸軍参謀長が、突き放すように告げる。
他の高官もこちらを見る目は冷たく、どうやら味方はいないようだ。
「ジョージ、今はそんなことを言ってる場合じゃないだろう。ここは皆で団結して、ステイツを勝利に――」
「もうウンザリなのです! これ以上、我々は、あなたの横暴に付き合うことはできません。拘束させていただきます」
「そんな、待ってくれ。これからじゃないか……」
しかしそのまま私は拘束され、大統領の座から引きずり降ろされた。
そしてすぐにウィルキーが、臨時の大統領に就任したそうだ。
くそっ、私はどこで間違った?
次回、ラストです。




