最終話 そして戦いは続く
昭和17年(1942年)12月 東京砲兵工廠
「ようやく合衆国と講和が成立したか」
「ああ、なんとかな。ずいぶんと条件で揉めて、まとめるのに苦労したらしいぞ」
アメリカ連合国が離脱し、クーデターまで発生した合衆国と、日本はようやく講和した。
基本的にどちらも賠償は請求せず、日本はグアム島の割譲を受けた。
加えてハワイとフィリピンは共同で保護国とし、10年以内に独立させる事になっている。
それだけだとアメリカに不利という事で、南洋諸島も順次、独立させるという条件がついた。
しかしそれをまとめるだけでも揉めに揉め、半年も時間が掛かってしまった。
「せやけど合衆国は、連合が離脱してだいぶ弱っとるんやろ? そんなに強気なこと、言えるんかいな?」
「腐っても合衆国だからな。生産能力は高いから、強気な連中も多いんだ」
「ほ~、そんなもんか。しかしいくらなんでも、今の日本には敵わんやろう」
「それが分かる人間が、それほど多くないって事さ。あっちじゃ惰性で作ってる兵器が、どんどん増えてるんだぞ」
佐島の疑問に、川島が苦笑まじりに答える。
実際、アメリカでは戦時生産体制が軌道に乗り、兵器や物資が作られ続けている。
しかし連合国と分かれたこともあり、軍は大混乱していた。
いまだに高い戦力を維持している日本とは、まともな戦いなどできはしないのだが、それを理解しない者も多い。
そこでイギリスを仲介に交渉を進めたのだが、それでも難航した。
結局、当初は要求していたウェーク島を諦め、南洋諸島も独立させるという話で、なんとか合意が成立した形だ。
逆にそれでは弱腰すぎると、国内で異論が生じたが、ハワイ沖海戦の被害とアメリカの生産能力を喧伝し、抑え込んだ。
これには陛下や元老、主要な政治家・軍人が正確な情報を共有し、終戦に向けて一丸となっているのも大きいだろう。
ここで中島が、ホッとした顔で言う。
「それでも戦争が終わって、本当に良かったよね。ちょっと前まで、ルーズベルトが意地になっちゃって、どうなるかと思ってたから」
「まったくや。けどこれも、健吾が陰謀を巡らした結果やろ?」
「ハハハ、陰謀とは人聞きが悪いな」
佐島の指摘に、川島が笑って答える。
しかしここにいる人間は、それが事実だと知っていた。
「人聞きが悪いも何も、事実なんだろ? 謀略課の石原莞爾と組んで、いろいろと工作したらしいじゃん」
「そうそう。石原少将とはずいぶん馬が合うみたいだね。健吾と打ち合わせした後の少将からは、えげつない作戦がポンポン出てくるって」
「おお、俺もそう聞いとるぞ。ごっつ悪どい作戦が出てきて、出席者をドン引きさせたそうやないか」
「一部では、”情報部の裏魔王”とか呼ばれてるらしいぜ」
「まったく、失敬だな、お前ら」
みんなにけなされて苦笑しているが、川島は大して堪えていないだろう。
しかし誰も味方しないのも可哀想なので、俺は擁護に回ることにした。
「そんなの健吾にとっては、褒め言葉みたいなもんさ。実際に戦争が早く終わって、たくさんの命が救われたんだ。それにアメリカを、合衆国と連合国に分裂できた。これはでかいよな」
「さすが祐一。よく分かってるな。アメリカを分断できたおかげで、その力をだいぶ削げた。おかげで戦後にまた牙をむく可能性が、だいぶ減ったって寸法さ」
そう言って誇る川島に、佐島が意地悪そうに言う。
「そんなこと言って、今後も謀略は継続してくんやろ? 連合が強気になっとるのも、お前のせいとちゃうか?」
「さあ、それはどうかな?」
川島は余裕の表情で、とぼけてみせる。
まあ、裏でいろいろやっているんだろう。
すると後島が、ふいに話題を転換した。
「それにしても、ソ連もあっさり引き下がったよな。おかげで急に暇になった」
「そう、2式戦車の実力も見れなくなったし」
「贅沢いうなや。戦争がないんなら、それに越したことないんやから」
「もちろんそうなんだけどさ。なんかこう、モヤっとするんだよね」
この6月、ドイツとソ連の戦いが激化したため、ソ連は極東同盟に停戦を申し入れてきた。
ある程度、予想はされていたので、ソ連に譲歩させつつ、同盟は停戦を呑んだ。
おかげでソ連は東部戦線の兵力を西に回し、ウクライナでドイツと殴り合っている。
その結果、開発したばかりの2式重戦車を使うチャンスを失い、中島が残念がっているというわけだ。
もちろん、戦争が終わったからこそ言える冗談だが、戦車オタクの中島らしい話だ。
すると今度は、俺に話が振られる。
「祐一だって、新型戦闘機の準備が無駄になったんじゃない?」
「ああ、”烈風改”な。だけどあれも、ジェット機への中継ぎみたいなもんだしな」
「へえ、そんなもんなんだ……」
すでに海軍の方でも、”烈風”の改良型が実用化されていた。
元々、余裕を持たせていた烈風を、さらに高速化した新鋭戦闘機だ。
アメリカとはもう1会戦ぐらいあるかと思い、急速に配備を進めていたのが、幸いにもムダになった。
そして開発の現場はすでに、ジェット機への転換に向けて動き出している。
「ま、戦争なんてしないで済むのなら、それに越したことはないからな。多少はペースを落としても、新兵器の開発は進めるんだし」
そう言うと、中島が気まずそうに例の兵器に言及する。
「そういう意味では、核兵器の開発も進むんだよね?」
「そりゃ、もちろんさ。すでに核分裂の発見は公表されて、各国が動き始めてる。いずれどこかが実用化した時に慌てないよう、手は打っておかないと」
「まあ、そうだね……」
今世でも核分裂現象は発見されており、大国はなんらか、核兵器を検討しているはずだ。
しかしアメリカは南北に分裂したうえ、史実で核開発を助けたイギリスとも距離がある。
おまけに日本がユダヤ系科学者の一部を囲っていたり、米国内の開発関係者にスキャンダルが起きていたりする。
これは謀略課の工作によるもので、おかげでアメリカの開発現場は混乱し、早期の実用化はないと見られていた。
ちなみに史実でアメリカから、核兵器の情報を抜きまくったのがソ連だ。
なまじ味方になったせいで警戒がゆるくなり、さらに共産主義の幻想に惑わされた協力者が、アメリカには多くいたのだ。
おかげでソ連はアメリカに4年遅れただけで、核兵器の実用化に成功する。
しかしこの世界では、ルーズベルトの失脚と同時に、赤狩りが始まった。
我らが謀略課の暗躍もあるのだが、アメリカ人も生贄に飢えていたのだろう。
凄まじい勢いで共産党シンパが狩られ、核兵器の情報漏えいどころではなくなっている。
アメリカの核開発自体も滞っているので、実用化にはさらに時間が掛かるであろう。
逆に日本は、戦前から核兵器の開発準備を進めていた。
俺たちが前世で学んだノウハウもあるので、おそらく世界で最も早い段階で実用化できるだろう。
もっとも、それを振りかざすつもりは毛頭なく、抑止力として使うことは、国内でも合意を得ている。
今後の世界情勢にもよるが、史実よりはよほどマシな体制を築けると見ていた。
「それにしても、欧州はどうなるのかなぁ?」
「フン、いずれヒトラーの化けの皮が剥がれて、ドイツが自滅するさ。それまでは様子を見ていればいい」
「でもそれまでは、欧州で血が流れ続けるんだよね」
「それは確かに悲劇だが、まずは日本を守るのが先決だ。そのうえで世界平和を主導すれば、そっちの方がよほど悲劇は減らせるだろうよ」
川島の冷徹な分析に、俺たちはうなずく。
「そうだな。そのためにはビスマルクみたいな政治家を、輩出できるようにしないと」
「それはまた難儀な話や。戦争が終わっても、まだまだ楽はできんか」
「そりゃそうさ。俺たちは未来から吹いた風なんだぜ」
「そうやったな。国内の空気が澱まんよう、風を送りつづけにゃいかん」
「フフフ、自然現象にお休みはないから、しょうがないね」
「ま、今日はそんな事は忘れて、飲もうじゃないか」
「そだね。じゃあ」
「「「かんぱ~い!」」」
完
末尾に日本の国力推移を掲載して、締めとします。




