68.マーシャル・ロウ
昭和16年(1941年)10月 東京砲兵工廠
「ルーズベルトがやりやがったぞ」
「えっ、何やったの?」
「戒厳令だ!」
「「「ええっ!!」」」
アメリカでは先月、ルーズベルトの裏切り行為が問題視され、下院で弾劾決議が可決されていた。
それを受けて、上院で審議が始まっていたのだが。
「上院で有罪判決が濃厚になったんで、先手を打った。議会を停止して、マーシャル・ロウ(戒厳令)を布告した。事実上の独裁だ」
「無茶苦茶だ……」
どうやらルーズベルトは、今回の事態を緊急事態として、軍を抱きこんだらしい。
おそらく、自分が弾劾されれば、雪辱を果たせないとか、軍も罪を問われるとでも言って、唆かしたのであろう。
これによって米国の憲法や市民の権利は一部停止され、軍法によって統制されることになった。
すると後島が川島を問い詰める。
「おい、情報部の力で、なんとかできなかったのかよ?」
「無茶いうな。こんな状況で動いても、これ幸いと現地資産が叩き潰されるだけだ」
「う、それにしたって……」
後島が言いよどんだところで、俺が仲裁に入った。
「慎二も無理いうなって。それで健吾、まだ続きがあるんだろ?」
「ああ、ルーズベルトの暴挙に応じて、活発化してるのが海軍だ。艦艇の増産だけでなく、パナマ運河の突貫工事に入った。来年初めには、開通させるつもりらしい」
「おいおい、半年も掛からないってことか。いくらなんでも…………そうか。かなり無理をしてるんだな?」
俺の推測に、川島はニヤリと笑ってみせる。
「その通りだ。たぶん運河を破壊された頃から、これを狙ってたんだろうな。大規模な労働者や資源が、パナマへ向かってる。造船所もフル稼働で、毎日のように艦艇が進水してるって話だ。それと並行して、乗員の訓練も鬼のように進めるだろう」
「それでどれぐらいの艦艇が出て来る? 敵の侵攻は、いくら早くても来年の春だろう」
「ああ、俺もそう思う。春までに戦艦、正規空母、小型空母がそれぞれ5隻は追加される。既存艦と合わせると戦艦12隻、空母は小型も含めて14隻になるな」
それを聞いた仲間が騒ぎはじめる。
「空母が14隻って、マジか?」
「さすがアメリカ。頭おかしいわ」
「それって、日本もやばいんじゃない?」
しかし俺は首を横に振った。
「いや、楽ではないが、なんとかなるだろう。そしてこれは、講和につなげるチャンスだ。そうだろ? 健吾」
「さすがは祐一だな。俺もそう思うし、大本営も同様の見方だ」
「えっ、どゆこと?」
怪訝な顔の中島に、簡単な答え合わせをする。
「たしかにアメリカの生産能力は凄いが、無限じゃない。それ以上に、人間が耐えられないだろう」
「うん、それは分かるけど…………そうか、これはアメリカにとっても、乾坤一擲の大勝負なんだ。それを日本がしのいでしまえば、だね」
「そういうことだ。そこまでやっても勝てないルーズベルトには、誰もついていかない。どうせ健吾たちも、何か企んでるだろ?」
「ハハハ、人聞きが悪いな。しかしまあ、そういうことだ。今度の攻勢をはねのければ、アメリカも講和の席につくだろうよ」
「なるほどね。じゃあ、僕たちも、もうひと踏ん張りってことだ」
「そうか。そう思えば、やる気が出てくるな」
「せや、アメ公に吠え面、かかせてやろうやないかい」
「「「お~~!」」」
こうして俺たちは新たな戦いに向け、走りはじめた。
それが最後の戦いになるのを願って。
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昭和17年(1942年)3月 東京砲兵工廠
「アメリカの艦艇が、続々と太平洋に集まってきてるぞ。今やサンディエゴは、軍艦だらけだ」
「ああ、パナマが再開されたからな」
「本当に半年で復旧しちゃうんだから、とんでもないよね」
アメリカは予想通りにパナマを復旧し、太平洋に艦艇を回航しはじめた。
予想されていたとはいえ、その底力は凄まじい。
「それで、こっちの準備は進んでるのか?」
「ああ、パールハーバーや飛行場の整備は、ほぼ終わってる。今のオアフ島は、日本の統治領みたいなもんだ」
「現地政府とも協力できてるからね」
元々、ハワイは軍事施設だけ叩き、占領までは踏み切らない予定だった。
しかしアメリカの抗戦意志は固く、大規模な艦隊の再編も予想された。
そこで日本政府は方針を変更し、現地勢力との共闘を目論んだ。
ハワイで抵抗勢力を掃討すると同時に、ハワイ王朝の血族を探し出し、王国を再興させたのだ。
そのうえで日本はハワイと同盟を結び、パールハーバーやいくつかの飛行場を一時租借した。
おかげで今では十分な防空能力と、艦艇への補給能力を備えるに至っている。
もちろんアメリカ軍の妨害はあるが、防衛地域を限定することで、負担を軽減している。
いずれ戦争が終われば、ハワイ王国を正式に独立させ、同盟を維持することになるだろう。
「ということは、ハワイ近海で一大艦隊決戦か」
「ああ、アメリカはそうせざるを得ない」
「政治に振り回される軍人も、かわいそうだよね」
「なに言ってんだ。攻めてくるからには、奴ら、相当な準備をしてくるぞ」
「だろうな。最近は音響魚雷にも、対応してきてるって話だし」
そう言いつつも、俺たちには余裕があった。
「こっちも裏の裏まで準備してるからな」
「ああ、ここでアメリカ艦隊を叩きのめせば、奴らも講和の席に着くさ。いや、着かせる」
「頼むぜ。俺たちも最後の仕上げをするから」
「ああ、お互いがんばろうぜ」
次の戦いこそ最後にしようと、覚悟を決めていた。




