67.大統領を弾劾せよ
昭和16年(1941年)8月 東京砲兵工廠
帝国海軍はパナマ運河の破壊に成功してからも、ハワイや西海岸の通商破壊に勤しんでいた。
さらに伊400型潜水艦をパナマへも派遣し、桜花を撃ちこんで復旧作業の妨害を図った。
しかし攻撃ポイントが狭くて敵に察知されやすいため、思うほど成果は上っていないようだ。
一方、太平洋側では出番のない陸軍であったが、大陸では大忙しだった。
春になって攻勢を再開したソ連軍を、必死に押し留めているからだ。
元々、ソ連赤軍は極東方面に、50万人を配置していた。
この極東方面軍の侵攻に対抗するため、極東同盟は緊急動員をかけた。
正統ロシアが20万人で耐えている間に、日韓から30万人の増援が送られたのだ。
(清国は共産モンゴルとの国境紛争で動けず)
その間、正統ロシアがなんとか耐えられたのは、97式中戦車が大量に配備されていたのが大きい。
その他の銃砲も日本から技術供与されており、装備的にはソ連より優れていた。
その優れた装備と、磨き上げてきた防衛準備で、なんとか対抗できたのが実情である。
そこへ同盟軍が駆けつけ、今度は反攻に出ようという動きもあったのだが、早々に頓挫する。
ソ連がさらに戦力を増強してきたため、また苦しい状況に陥ったのだ。
おかげで日本はさらなる動員が必要になり、その穴埋めで女性や老人が駆り出されている。
まさに総力戦態勢だ。
「陸軍の動員状況はどうなんだ?」
「なんとか20万人に目処がついたとこだな。さらに動員を掛けて、最終的には100万を目指すそうだ」
「100万人か……とんでもねえな」
「それでも人口の1.3%だぞ。史実に比べりゃかわいいもんさ。女性や老人も、がんばってくれるしな」
「ああ、たしかに張りきっている人が多いよな」
川島とそんな話をしながら、みんなが苦笑している。
実際、1%ちょっとという動員率は、それほど高いものでもない。
なにしろ史実の太平洋戦争では初期ですら4%弱もあったし、末期には11%を超えていたのだ。
それに比べれば、まだまだかわいいものである。
それでも数十万人の男手が、一般社会から奪われる影響は大きい。
そこで不足する労働力の代替として、女性や老人が駆り出されていた。
そのために家事負担の軽減や、公共交通機関の整備などの支援策も実施されている。
変わったところでは、おしゃれなモンペの普及なんてのもあるほどだ。
これらの政策の一部は、清国や正統ロシア、韓国でも採用され、その動員率を高めていた。
おかげで3国合計で、100万人以上を絞り出す目処がついている。
しかし相手は、畑から兵士が生まれてくると言われるソ連軍だ。
さらなる増強があると見て、長期戦に備えるべきだろう。
「アメリカが早く、講和に応じてくれればいいのに」
「相変わらず、音沙汰なしなんだろ?」
「ああ、あれだけ負けておいて、なぜあんなに強気なのか、不思議で仕方ないよ」
「なまじ、国力が大きすぎるから、引くに引けないんだろうな。実際にあの国の生産力は、凄まじいし」
「まったくだ。しかし米国内でも、不満のマグマは溜まっている。そのうち何か、起きるかもしれんぞ」
「あ、何か企んでるね?」
川島はそれに応えず、黒い笑顔を見せていた。
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昭和16年(1941年)9月 東京砲兵工廠
9月に入り、アメリカで大きな動きがあった。
「アメリカでルーズベルトの弾劾騒ぎが起きてるって?」
「ああ、共和党のウィルキーが陣頭に立って、弾劾を訴えてる」
そう答える川島の顔を見て、他の者は背景を察した。
「ああ、健吾が企んでたことって、これだったんだ?」
「企むなんてとんでもない。現地の資産を使って、ちょっと煽っただけさ」
「本当にちょっとだけ?」
「ああ、なにしろルーズベルトは、”自分が指導すれば負けはない”、と豪語して当選したんだからな」
「それが太平洋で大負けしたうえ、自作自演してたのがバレて、世論は沸騰したってか」
「そういうことだ。わりと簡単だったぜ」
アメリカでは昨年の大統領選で、民主党のルーズベルトと共和党のウェンデル・ウィルキーが争った。
ルーズベルトは日本とドイツの脅威がある中、自分以外にはアメリカを導けないと訴えた。
その結果、それまでの軍拡で多少は景気が上向いていたのもあって、ルーズベルトは辛勝したのだ。
しかし現実のアメリカは負けっぱなしで、ドイツや日本との開戦もアメリカが仕組んだ、という話も広まっている。
どうやら謀略課がその証拠をリークして、共和党を煽ったらしい。
この流れに乗ったのがウィルキーで、強硬的にルーズベルトを叩きはじめた。
さらに共和党は、ルーズベルトの弾劾法案を提出しようとしていた。
本来はルーズベルトを守るべき民主党も、今回のスキャンダルで揺れているという。
「彼が弾劾されれば、アメリカは交渉の席につくのかな?」
「いや、それはどうかな。あの大国が、素直に負けを認めるとも思えない。パナマ運河もいずれ復旧されるだろうしな」
「でも日本と戦う戦力なんて、もうないでしょ?」
「それがそうでもないんだ……」
昨年のマリアナ沖海戦後、アメリカには7隻の旧式戦艦と、4隻の空母しかなかった。
そこでアメリカは緊急態勢で、戦艦と空母を建造しているようだ。
おそらく来年の春ぐらいには、アイオワ級戦艦やエセックス級空母、インディペンデンス級空母が、複数出そろうという。
史実を上回るペースの、馬鹿げた建造能力だ。
「うへぇ……とんでもないね」
「ああ、だから運河が復旧すれば、もう一戦、挑んでくるかもしれん」
「なるほど。それまでは強気を保てるわけか」
「状況しだいだがな」
ここで中島が哀しそうにつぶやく。
「はぁ……早く終わらないかな、戦争」
「アホ、ここで弱気になってどうすんねん。もっときばれや」
「だな。まだ2年しか経ってないんだ。これからが正念場だぞ」
「うん、そうだね……」
いまだ、講和の兆しは見えないが、状況は悪くない。
今後も続く戦いに向けて、俺たちは気を引き締めていた。




