幕間:海中の放火犯
昭和16年(1941年)5月 ロサンゼルスから200km沖合
【木梨鷹一】
私は伊400潜の艦長を務める、日本海軍の少佐だ。
それが何の因果か、今は太平洋を渡って火付けをしている。
「よ~し、潜望鏡深度へ浮上するぞ。到達しだい、アンテナと潜望鏡を展開」
「了解。潜望鏡深度へ浮上~!」
私の指示に従い、伊400潜が浮上を開始する。
潜望鏡深度に到達すると、すかさず電探・逆探のアンテナと、潜望鏡が海上に伸ばされる。
「逆探および電探に感なし!」
「よし、周囲に艦影もないな。海面に浮上して、”桜花”をぶちかますぞ」
「了解。海面に浮上~。水雷班は配置に付け~!」
すぐに海面へ出ると、乗員たちが慌ただしく動きはじめる。
私もすかさず航海艦橋へ上がり、周囲の警戒に入った。
ちなみに時刻は真夜中で、周囲は満天の星空だった。
やがて水密格納筒が開かれると、”桜花”が引き出されてくる。
この”桜花”とは、敵地攻撃用に開発した新兵器だ。
【零式飛行爆弾 ”桜花” 焼夷型】
長さ・幅・高さ:7✕5✕1m
最大速度 :毎時650km
航続距離 :250km
それはジェットエンジンで250kmも空を飛び、敵地を焼き払う飛行爆弾である。
ただし撃ったら誘導もできない運任せの兵器であり、精密な攻撃には向かない。
当初は都市部に向けて撃ちこむ予定だったが、人道的にそれはまずかろうという話が出た。
戦争をしているのに、人道も何もないと思うのだが、国際世論は無視できないそうだ。
それで山林や農地を標的にすればいいとなり、爆薬を焼夷剤に代えた焼夷型が開発された。
そんな桜花を運用するために造られた潜水艦が、この伊400型である。
【伊400型潜水艦】
全長・全幅:109✕9m
基準排水量:水上2180トン、水中3560トン
最大速力 :水上15ノット、水中16ノット
主要兵装 :45センチ魚雷発射管 艦首4門、魚雷数20本
水密格納筒に桜花3機を搭載
かつてないほど巨大で高性能な艦だが、それでやる事が放火とは、ちと情けない気がしたものだ。
しかし今はその重要性を、しっかりと理解している。
「3号機、設置完了」
「よし、翼を伸ばして固定せよ」
「はっ」
桜花をカタパルトに載せると、折りたたまれていた翼を広げて固定する。
それを確認した水雷長が、次の指示を出した。
「翼展開よ~し。エンジン始動!」
「エンジン始動~!」
エンジンに火が入ると、甲高いジェット音が響きはじめる。
やがて十分に推力が高まったところで、発射命令が出た。
「発射!」
「発射!」
油圧でカタパルトが作動すると、桜花がすごい勢いで撃ち出された。
そのまま飛び上がると同時に、支えていた台車が分離して海中に落ちる。
ちょっともったいない気もするが、迅速に発射するには、使い捨てが一番だ。
桜花はグングンと高度を上げ、500mほどの高度で水雷長が指示を出す。
「よし、水平飛行へ移行!」
「水平飛行へ移行~」
無線操作で桜花が上昇をやめ、水平飛行に入る。
後はジャイロセンサーで高度を維持し、まっすぐ飛ぶだけだ。
双眼鏡で桜花を見送ると、私は時計で発射に掛かった時間を確認した。
「だいぶ早くなったな、水雷長」
「はっ、恐縮であります」
「うん、ご苦労さん。それでは敵が来る前に、退散するとしよう。潜行準備」
「潜行準備~!」
すぐに乗員が艦内に引っこむと、潜行を開始する。
深度30mまで潜って水平航行に移り、その場を後にした。
「ふう、これでひと安心だな」
「ええ、水雷班もだいぶ手際が良くなってきたんで、安心して見てられますね」
「最初は手間取って、危うく攻撃されかけたからな」
「あれはヤバかったですね。まあ、敵さんも必死なんでしょうが」
「そうだな。俺たちはにっくき放火犯だ」
「ハハハ、しかし先に戦争を仕掛けてきたのは、あちらですからね。自業自得ですよ」
「まったくだ。さて、桜花も撃ち尽くしたことだし、母艦と合流しようか」
「了解です」
その後、敵の哨戒圏を抜けると、浮上して母艦との合流地点へ向かう。
新鮮な空気を吸えるのは、それだけで幸福と感じる。
やがて連絡のついた潜水母艦”迅鯨”と、洋上で合流した。
母艦がここまで出てきてくれるおかげで、ミッドウェー島まで戻らなくてすむ。
護衛がついてるとはいえ、敵地の近くまで来てくれる彼らに感謝だ。
「お疲れさまです、木梨艦長」
「やあ、そっちこそ補給任務、ご苦労さん」
迅鯨と接舷した我が艦は、ただちに補給を開始する。
”桜花”だけでなく、燃料や食料、日用品など、さまざまなものが艦内に飲みこまれていく。
それを行う乗員たちの顔は明るい。
これでまた新鮮で美味い飯が、食べられるのだからな。
すると迅鯨の艦長が出てきたので、あいさつをする。
「どうも、佐藤艦長。いつもお世話になります」
「なに、最前線でがんばってる皆さんのためなら、火の中水の中ですよ」
「それは頼もしい。ところでアメリカの状況は、どうなってるか分かりますか?」
「木梨艦長たちのおかげで、大慌てだそうですよ。あちこちで山火事がおきて、右往左往しているようですな」
「それは何よりの知らせです。今後もがんばれますよ」
「ええ、がんばってください。こちらもお呼びとあれば、いつでも駆けつけますから」
「はい、またお願いします」
どうやら我々の活動は、ちゃんと成果を挙げているようだ。
これなら辛い任務にも、耐えられるというものだ。
交替まであと1ヶ月ほどだが、気合いを入れていくか。




