62.マリアナ沖の余波
昭和15年(1940年)9月下旬 東京砲兵工廠
マリアナ沖海戦の様子を聞いた俺たちは、その余韻にひたっていた。
「そうか~、日本は少ない犠牲で、勝利できたか~。すげえ戦果だ」
「ああ、みんなでがんばってきた甲斐があるな」
「そうだね。だけどやっぱり飛行機には、それなりに被害が出ちゃったんでしょ?」
「ああ……戦闘機が29機、爆撃機が31機、攻撃機が7機ほどやられた。ただし搭乗員はできるだけ回収してるから、死者は62人だな」
中島の指摘に、川島が資料を見ながら答える。
死者が62人と聞いて、みんなの顔がこわばる。
「62人も死んだのか……積極的に戦う戦闘機よりも、艦爆の被害が大きいってのが問題だな」
「これってやっぱり、例の兵器を使うべきじゃなかったのかな?」
「いや、あまり新兵器を使いすぎても、敵はすぐに対応してくる可能性がある。今回は誘導魚雷を使ってるんだから、これでいいんだ」
「うん、そう、だね……」
中島が、すでに開発済みの新兵器を使うべきではなかったかと言う。
しかし敵は情報収集に貪欲で、対策の早いアメリカだ。
今回は仕方なかったという、川島の見解は正しいだろう。
「まあ、被害状況を詳しく検証して、新兵器の使い方も考えるさ」
「せやな。それに敵に与えた損害の方が、何倍もでかいんやろ?」
「そりゃそうさ。敵はほぼ全滅みたいなもんだからな」
実際にアメリカ太平洋艦隊は、以下のようにほぼ壊滅していた。
沈没:戦艦9隻、空母2隻、重巡洋艦6隻、軽巡洋艦4隻、駆逐艦30隻
拿捕:戦艦4隻、空母2隻、重巡洋艦2隻、軽巡洋艦4隻、駆逐艦10隻
拿捕した艦が多いのは、海上に放り出された敵兵を回収できるよう、手心を加えた結果である。
すでに戦闘力を失った艦を沈めるより、捕虜として捕らえたほうが、国際的な非難も少なかろうという意図もあった。
さらに後方に控えていたグアム攻略部隊も、周辺に展開していた日本の潜水艦部隊に拿捕されている。
航空攻撃で護衛の駆逐艦を行動不能にしたうえで、降伏を促したら、わりとあっさり降伏したそうだ。
これによって日本は、2万人を超える米軍捕虜を手に入れた。
正直に言うと負担でしかないのだが、日本を残虐と言わせないよう、なんとか面倒を見ている状況だ。
「2万人の捕虜って、すごいよね」
「面倒を見るのも大変だろうよ。ところで敵の死亡者数は、どれぐらいになるんだ?」
「だいたい、4万人ぐらいだろう」
「ということは、アメリカは一気に6万人以上を失ったわけだ」
「ああ、これぐらいで音は上げないだろうが、相当な痛手なのは間違いない」
「ガハハッ、ルーズベルトの悔しがる顔が、目に浮かぶわ」
「ああ、ざまあみろってんだ」
世界大戦を引き起こした張本人が苦しむ様を想像して、俺たちは溜飲を下げる。
しかし戦争はまだまだ始まったばかりだということも、忘れていなかった。
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昭和15年(1940年)10月 東京砲兵工廠
アメリカ太平洋艦隊を壊滅させてから、日本は艦隊を再編しながら、敵の動向を探っていた。
ちなみに太平洋艦隊の全滅を受けて、すでにフィリピンのアメリカ軍は降伏している。
史実では密かに脱出したマッカーサーも、逃げる場所がないので捕虜となった。
これによって日本には、新たに1万人以上の米人捕虜が増えた。
本音はそんなもの、いらないんだが仕方ない。
やがてアメリカ国内の状況が、複数の経路から伝わってくる。
「とりあえずルーズベルトは、必死で弁明してるようだ。一時的に敗北はしたが、新型戦艦や空母が竣工するので、いずれは巻き返すと強弁しているな」
「ほ~、それで国民の反応は?」
「マリアナ沖海戦の捕虜の家族が、講和しろといって騒いでる。行方不明者や死者の遺族の一部も、ルーズベルトを責めてるが、それほど大きな動きにはなっていない」
「へえ、意外に冷静だね。日本への最後通牒の内容は、リークしてるんでしょ?」
「ああ、だけど日本はファシストに味方する無法国家だといって、こっちを非難してやがる。そのせいで今のところは、様子見が多いみたいだ」
太平洋艦隊を壊滅させ、4万人もの死者と3万人の捕虜が発生したことは、すでにアメリカのマスコミにリークしてある。
さらに日本に突きつけられた最後通牒の内容も漏らしたのだが、意外にアメリカ国民は冷静だった。
ちなみにリークしたのは、情報部が10年も前から仕込んできた諜報員だ。
彼らは一見すると日本とは関係のない連中で、ちゃんとした職業に就いている。
破壊工作のような荒事はしないものの、アメリカ国内の情報収集と、撹乱工作に従事する者たちだ。
今はまだ派手な動きはできないが、いずれアメリカの厭戦気分が高まってきた時に、役立つことだろう。
それにしてもルーズベルトは、4万程度の犠牲は大したことがないと思っているらしく、強気な構えを崩していない。
さすが、権力欲で世界大戦を引き起こすような男である。
その面の皮の厚さで匹敵するのは、スターリンぐらいなものだろう。
「まあ、現状ではアメリカ人にとっても、太平洋の向こうで起きた事件だ。関心も薄いだろう。だけど自分たちに直接の被害が出れば、状況はガラリと変わるさ」
「そうだな。そのためにはミッドウェーとハワイを、攻略しないとな。軍の準備はどうなんだ?」
「艦隊の整備と休養を済ませてからだから、来月以降だろう」
「ふ~ん、そういえば、アメリカはどう見てるのかな? ハワイが攻撃されるとか、予想してる?」
すると川島がニヤリと笑う。
「ああ、太平洋艦隊が全滅したと知って、ハワイは大騒ぎになってるぞ。本土に避難する人間が尽きないらしい」
「そんなこと言ってるけど、どうせ情報部が煽ったんだろ?」
「まあな。ハワイはボコボコに叩くつもりだから、人はいない方がいいんだ」
日本軍は次の段階として、ミッドウェーとウェーク、ハワイの攻略を計画していた。
ただしミッドウェーとウェークは占領するが、ハワイは軍事施設の破壊と封鎖に留める。
ハワイはたとえ占領できても、維持に莫大な労力が必要となるからだ。
それぐらいだったら、ボコボコに破壊してから、潜水艦で封鎖すればいいとなった。
そのうえで西海岸のシーレーンを遮断し、アメリカ本土にも攻撃を仕掛ける。
それが日本の戦略だ。
願わくば、泥沼の消耗戦になる前に、講和したいものだが。




