61.マリアナ沖海戦2
昭和15年(1940年)9月下旬 東京砲兵工廠
「おお~、そうかぁ。99式魚雷が成果を挙げたんだな。さすがは正三、見事に仕上げたな」
「うん、あれには苦労させられたからねぇ……」
マリアナ沖海戦の様子を聞く中、後島が魚雷の成果を褒めると、中島が遠い目で応える。
彼の技術をもってしても、かなり苦労した魚雷こそが99式航空魚雷だ。
この時代では画期的な、音響誘導魚雷になる。
その機構や性能は、ドイツのT5型誘導魚雷”ツァウンケーニヒ”を参考にしたものだ。
動力にはバッテリーとモーターを使い、さらに敵船の発する音を追跡する音響誘導機構を備えている。
それを航空用の直径45cmサイズにまとめ、速度35ノット、射程距離5000mを可能にしたのが99式だ。
その分、破壊力は落ちているが、さほど肉迫せずとも当てられるのはでかい。
俺たちは昭和に入ってから、この音響誘導魚雷の開発に取り組んできた。
その中で最大の貢献をしたのが中島だ。
誘導に必要な部品を作り、それを制御するアルゴリズムを組み、さらに武人の蛮用に耐えるレベルまで仕上げるのだ。
その苦労たるや、並大抵のものではない。
一時は完成も危ぶまれたが、昨年になってようやく完成した。
そこまで仕上げるには、中島がノイローゼ気味になるほどの苦労があった。
しかしその苦労は報われ、マリアナ沖海戦で見事な戦果を挙げたという。
それを聞いた中島が感慨にひたる横で、後島が川島をせっついた。
「それで、駆逐艦を仕留めてから、どうなったんだ?」
「ああ、当然、穴の開いた輪形陣に攻撃を仕掛けた。次に標的となったのは、空母と戦艦だ」
ノースカロライナ級とモンタナ級戦艦は、それぞれ速力28ノットと27ノットで、ちょっと空母に随伴するには遅い。
しかしその豊富な対空戦力を見込まれ、無理をして空母輪形陣に加わっていた。
それぞれ5インチ連装高角砲を20門ずつと、多数の機銃も備えている。
米艦隊はその猛烈な対空砲火で、日本軍機を迎え撃った。
しかし勇敢な日本軍パイロットは、恐れることなく攻撃を敢行する。
まず数十本の魚雷が、空母と戦艦へ向けて放たれた。
それは音響魚雷の驚異的な命中率によって、敵主力艦の船尾付近に多数の爆発を発生させる。
これで行き足を止められた敵艦に、さらに艦爆の250キロ爆弾が叩きつけられた。
次々と浴びせられる攻撃に、米艦隊は大混乱だ。
多くは沈むには至らないものの、速力はガタ落ちで、中には停止する艦も出てくる。
音響魚雷は主にスクリュー音に集まってくるのだから、それも当然であろう。
そして艦上構造物も、爆弾で大きな被害を被っていた。
ほんの数十分の間に、敵の機動艦隊はボロボロに打ちのめされた。
しかし日本の攻撃が、それだけで終わるはずもない。
今度は第2機動艦隊の攻撃隊が、少し遅れて来襲した。
すでに制空権は確保されているので、艦爆と艦攻の比率が高めの構成だ。
眼下には、すでに損傷した敵艦艇が広がっている。
その多くがスクリューをやられ、停止もしくは低速で航行していた。
駆逐艦の中には、数発の魚雷を食らって、早々に沈没した艦もあるほどだ。
しかし第2攻撃隊は一切の容赦なく、獲物に襲いかかる。
先ほど以上の爆弾と魚雷が、敵艦隊へ降り注いだ。
その結果、アメリカの機動部隊はごく一部の艦を除き、ほぼ壊滅したのだった。
一方、日本艦隊も攻撃するだけでは済まされない。
アメリカ艦隊から放たれた、300機ちかい攻撃隊が飛来した。
その内訳はおそらく、戦闘機、爆撃機、攻撃機が3分の1ずつという構成だったろう。
最初はF4F戦闘機が露払いを試みるが、これを110機もの97艦戦が迎え撃つ。
97艦戦はその性能で上回るだけでなく、数的にも有利だ。
しかも戦艦搭載の高性能レーダーが敵の動きを把握し、無線通信で迎撃指示を出す。
おかげで20分足らずの戦闘で、F4Fは蹴散らされた。
それにいくらか遅れ、敵艦爆と艦攻の編隊が日本艦隊へ迫る。
しかしこれもレーダーと無線による航空管制により、ほぼ的確に迎え撃った。
すでに味方の航空機には、敵味方識別装置も装備されていたのだ。
もちろん、それでも全てを97艦戦だけで討ち取れるはずもない。
ポロポロと取りこぼされた敵艦爆や艦攻が、我が艦隊に向けて攻撃態勢に入った。
しかし今度はそれを、猛烈な対空射撃が迎え撃つ。
それは史実のアメリカ軍もかくやというほどの、濃密な弾幕を生み出した。
特に5インチ砲は射撃レーダーのデータに基き、旋回角や仰角などを計算し、敵機を追尾していた。
さらに日本独自の近接信管が、20メートル以内の敵に反応して爆発する。
従来の遅延信管に対し、数倍の命中率を発揮する新兵器だ。
それはまるで、史実で”マリアナ海の七面鳥撃ち”と言われた惨劇の再現だった。
ただしこの世界でその災難は、アメリカ軍に降りかかった。
結局、アメリカ軍の攻撃は、ほとんど日本艦艇に届くことなく、その襲撃は終わる。
日本側の被害は97艦戦が10機ほど失われた他、軽微な艦の損傷のみだったという。
その後、攻撃隊を回収した第1・第2機動艦隊は、空母と別行動のアメリカ戦艦部隊をも攻撃した。
戦闘機の傘もなく、対空兵装も充実していない旧式戦艦群は、日本軍機に滅多打ちにされる。
最終的に戦艦13隻のうち9隻、空母4隻のうち2隻がこの海戦で失われた。
その他の巡洋艦、駆逐艦も大打撃を受け、アメリカ太平洋艦隊は事実上、その戦闘力を喪失したのだ。
それは海外では誰も予想できなかった、日本海軍の圧倒的な勝利だった。




