60.マリアナ沖海戦
昭和15年(1940年)9月下旬 東京砲兵工廠
アメリカはマーシャル諸島とカロリン諸島を占領すると、現地の拠点化を進めていた。
それも日本が使っていたトラック島を整備し、艦隊をそこへ留めている。
その艦隊は戦艦13隻、空母4隻、その他50隻以上と、凄い陣容だ。
中でも目を引くのは、新型戦艦のモンタナ、オハイオ、ノースカロライナ、ワシントンであろう。
モンタナとオハイオに至っては、6万トンを超える巨艦だ。
史実では計画のみだった巨大戦艦も、この世界ではすでに2隻が就役し、さらに3隻が建造中であるという。
しかも史実で16インチ砲だったのが、なんと18インチ(45.7センチ)砲を9門搭載していた。
そのうえサウスダコタ級4隻、アイオワ級6隻が建造中、もしくは建造予定だというのだ。
さすがはアメリカ、ぶっとんだ生産能力である。
ちなみに空母も建造が早まり、史実では未完のホーネットとエセックスがすでに就役していた。
それらはレンジャー、ワスプと共に大西洋にあり、残りのレキシントン、サラトガ、エンタープライズ、ヨークタウンが、今回の侵攻に加わっている。
これらを総合的に見て、日本は大和に絡む情報操作で、アメリカに戦艦建造を優先させたのは間違いない。
これが史実の場合、逆に大和型の建造を秘匿してしまった。
おかげで戦艦の存在意義である示威効果は発揮されず、戦略的な駆け引きにも全く活用できていない。
当時の日本海軍上層部が、いかに政治・戦略を考えていなかったかがよく分かる。
そんな米艦隊の動向を探るべく、マーシャル近海には第1潜水艦隊が展開していた。
それは20隻以上の新型潜水艦で構成されており、監視任務に専念している。
今はまだ通商破壊にも手を出さず、ひたすら情報を集めていた。
なぜなら敵をマリアナ近海へ誘い込み、殲滅するのが目的なのだから。
そしてとうとう米艦隊が、日本の罠に飛び込んできた。
「マリアナで米艦隊を殲滅したんだって?」
「おう、今から話を聞くから、お前も座れよ」
「ああ、よかった。間に合った」
そう言って中島が座ると、川島が説明を始める。
「さて、みんなも知っているように、マリアナ沖で大海戦が発生した。そこで日本は大勝し、多くの船を沈めたし、大勢の捕虜も捕らえている」
「でも日本側も、けっこう被害が出たんじゃないの?」
「そりゃあ、戦争だからな。だけどこっちの被害は、ケガ人を含めても数百人しかいないぞ」
「ふ~ん、それで済んだのなら、大したものだね……でもアメリカ側は、万単位で死んでそう」
「ああ、5万人以上が戦死か降伏したうえ、グアム奪還に派遣された陸軍8千人も捕虜になった」
「うわぁ……6万人の損失って、でかいよね。たぶんフィリピンも降伏するだろうし、これで停戦にならないかな?」
「いや、これぐらいじゃ無理だろう。だが出だしとしては上々だ」
「だな。それで戦況は、どんなふうに推移したんだ?」
「ああ、それがな――」
今回、アメリカ太平洋艦隊はマーシャルやカロリン諸島を占領し、堂々とグアムに押し出してきた。
それはアメリカの戦略に沿った行動でもあるが、日本情報部による工作に引っかかった面もある。
すでに解読されていると思われる暗号を使い、日本艦隊の所在をほのめかしたのだ。
こうして誘き出した敵に対し、我が軍もグアムに艦隊を集結させ、迎撃に向かった。
その陣容は、以下のようなものだ。
【第1機動艦隊】
司令官:角田覚治中将
戦艦:大和、長門、陸奥、土佐、加賀
空母:翔鶴、仙鶴、蒼龍(艦戦110、艦攻80、艦爆65、偵察15 計270機)
重巡2隻、軽巡4隻、駆逐艦16隻
【第2機動艦隊】
司令官:山口多聞中将
戦艦:武蔵、金剛、比叡、霧島、榛名
空母:瑞鶴、天鶴、飛龍(航空機は第1艦隊同様)
重巡2隻、軽巡4隻、駆逐艦16隻
開戦時に比べると、戦艦大和と武蔵、空母の仙鶴、天鶴も加わり、大きく強化されている。
戦艦の数こそアメリカ艦隊に劣るものの、その戦闘力は確実に上回るだろう。
なぜならアメリカは、日本が従来どおりの戦艦主体で来ると信じていた。
さらには日本が18インチ砲戦艦を4隻建造という噂にも、まんまと引っかかっていた。
これは造船所で隠蔽しただけでなく、偽の暗号電文や2重スパイまで使って誘導した結果だ。
おかげでアメリカは、モンタナ級という18インチ砲戦艦を中心に、艦隊を構成していた。
そんな敵の動きを探る努力も怠っていない。
まずマーシャル近海では、隠密性の高い潜水艦によって、敵艦隊の動向を把握している。
さらに日本艦隊からは、高性能の偵察機 ”彩雲”が何機も放たれていた。
【零式艦上偵察機 彩雲】
長さ・幅 :11.2×12.5m
出力 :2000馬力
最大速度 :毎時600km
航続距離 :増槽つき5000km
武装 :7.9mm機銃×1
乗員 :3名
それは誉エンジンを搭載した、高速艦上偵察機である。
史実に近い性能を4年も早く実現しただけでなく、エンジンの信頼性や整備性、生産性も申し分ない。
排気量が史実の16%増しで大きく重くなっているが、アメリカ製にも劣らない傑作に仕上がった。
史実の”誉”は数々の悪条件が重なり、大戦後期の海軍航空機の開発を大混乱に陥れた。
そんな事にならないよう、中島飛行機を指導した結果が、今世の誉エンジンだ。
さらに彩雲は高性能の無線機だけでなく、対艦・対空レーダーも備えている。
なにしろこの世界の日本は高い技術力を持つうえに、イギリスと共同開発もしていた。
おまけに正三という未来技術者までいるのだから、航空機に搭載可能なレーダーなど、とっくに開発済みだ。
おかげで敵艦隊の位置も、早々に把握していた。
敵発見の報を受けると、角田司令はただちに攻撃を指示。
第1・第2艦隊合わせて、400機以上もの大編隊を送り出した。
対するアメリカ艦隊も偵察機を放っていたが、航空機用のレーダーはまだ無い。
実はアメリカのレーダー技術は、イギリスの技術供与を受けて急成長したという事情がある。
しかしこの世界ではまだ、イギリスは中立を保っていた。
このレーダー技術の差によって、日本艦隊が先手を取ったのだが、アメリカ艦隊も決して無能ではない。
多数の偵察機を飛ばして、日本艦隊を探していた。
やがてその努力は実り、敵も日本艦隊の発見に成功する。
これを受けてアメリカ艦隊も、直掩機を除く全機を攻撃に送り出した。
ここに世界初の、空母機動部隊の殴り合いが始まった。
まず先陣を切ったのは、第1機動艦隊の97艦戦だ。
敵艦隊を守るF4Fワイルドキャットに、90機の97艦戦が殴りこんだ。
史実よりも開発が早まっているF4Fだが、それでもまだ制式化したばかりである。
最高速度は時速530km程度であり、97艦戦の方が50kmも優速だった。
(97艦戦は改良によって、時速580kmに向上済み)
そのうえで運動性も武装も同等以上となれば、日本の優位は揺らがない。
F4Fはバタバタと落ちていき、早々にアメリカ艦隊上空の制空権を確保した。
そこへ攻撃隊指揮官に率いられた、97艦爆と艦攻がなだれ込む。
指揮官はレーダーを備えた特別機から、部隊の先導と無線による攻撃指揮に専念する。
その指示に従い日本海軍の攻撃隊が、アメリカ空母機動部隊に襲いかかった。
まずは輪形陣に穴を開けるため、外側の駆逐艦に攻撃が集中する。
各目標に対して、3機ずつの艦攻・艦爆が攻撃態勢に入った。
艦攻は低空から魚雷を投下し、艦爆は高空から急降下爆撃を仕掛ける。
当然ながら、敵艦隊からは猛烈な対空砲火が打ち上げられた。
しかしこの時点のアメリカ艦隊には、敵機付近で炸裂するVT信管も、レーダー連動の射撃装置もありはしない。
そんなアメリカ軍の攻撃は、それほどの脅威にはならない。
そこへ突っ込んでいったのは、惜しみなくガソリンを使い、たっぷり訓練を積んできた日本の荒鷲たちである。
やがて敵の駆逐艦数隻に、魚雷命中の水柱が立ち上がった。
しかしアメリカ艦隊の悪夢は、まだ始まったばかりだ。




