幕間:なんであんな所へ?
【後島慎二】
アメリカの言いがかりで、とうとう戦争が始まってしまった。
幸いにも日本は最初の攻撃を跳ね返し、グアムの占領にも成功している。
今後は敵をマリアナ近海に引き寄せて、手痛い打撃を与えることになるだろう。
そんな話をしていて、ふと疑問に思ったことを口に出した。
「そういえば史実の日本軍はさ、中央太平洋のガダルカナル島へ進出しただろ? そこでアメリカ軍と死闘をくり広げたわけだけど、なんであんな所へ行ったのかな?」
するとこういう事に詳しい祐一が、苦々しい顔で説明をはじめた。
「慎二の言いたいことは、よく分かるぞ。俺もなんであんな事したのか、不思議で仕方ないからな。だけど当時の日本軍は、それぐらいできると思ってたらしいんだ」
「ふうん、それはあれか。真珠湾の奇襲に始まって、マレーやフィリピンへの侵攻が上手くいったから、勘違いしちゃった風の?」
「ああ、そんな感じらしい。それで一時はオーストラリア侵攻も言われたんだが、さすがにそれは手に余る。そこでニューカレドニアやフィジー、サモアに侵攻して、米豪を遮断しようとしたのがFS作戦だ」
「へ~。でもFS作戦って、ミッドウェーの敗北で、ポシャったんじゃなかったっけ?」
「ああ、ポシャった。だけど海軍は完全には諦めず、ガダルカナルに基地を造って、制空権を握ろうとしたんだ」
「うわ、余計な事を。その結果がガ島やソロモン海での消耗戦と、地獄のニューギニア戦線か?」
「その通りだ」
祐一がため息と共に認めると、俺もため息が出た。
ガダルカナルでは2万人以上が、ニューギニアでは18万人もの兵士が犠牲になったと言う。
それが軍上層部の思い上がりによると言うんだから、もう呆れるしかない。
するとそれを横で聞いていた健吾も、呆れたように言う。
「あんな遠くへ出ていって、補給はどうするつもりだったんだろうな?」
「そんな事、考えてるわけないって。そもそも、ガ島に手を出したのだって、トラック島を守るために必要だから、ぐらいの考えなんだぜ」
「ああ、やっぱそんな感じだったんだ」
「そうなんだよ。トラック島は当時、日本海軍の重要拠点だっただろう? そしてガダルカナルぐらいだったら、トラックへ爆撃機を飛ばせる。だったら日本が押さえておくべきだろう、って考えさ」
「フン、適当だな。自身の実力を、客観視できないにも程がある」
健吾が吐き捨てるように言うのを聞いて、俺も疑問を口にする。
「そうなんだよなぁ。当時の陸士とか海兵って、めちゃくちゃ競争率が高かったんだろ? つまり将校には頭のいい連中が揃ってたはずなのに、なんでああなっちゃうんだ?」
「それは教育が悪いな。当時、士官になるような人間は、”お前たちは選ばれた人間なんだ”って最初に思い込まされたそうだ。そんな環境でまともに成長できる士官が、どれだけいた事か」
「ああ、それが例の日本軍参謀への悪評につながるわけか」
これに正三が興味を示した。
「え、日本軍の参謀って、そんなに評判わるいんだっけ?」
「ああ、これに関する有名なジョークがあってな。まず最強の軍隊は、アメリカ人の将軍、ドイツ人の参謀、日本人の兵士で構成された集団だって言うんだ」
「へ~、日本も兵士は評価高いんだね。それじゃあ最弱は?」
「ハッ、それは中国人の将軍、日本人の参謀、そしてイタリア人の兵士による軍隊さ」
「うわ、そうなんだ。だけど、なんで日本の参謀はそんなに評価が低いのかな?」
「う~ん、一説には積極論で失敗した参謀は責任を問われず、無謀な作戦を立案したり、独断専行も厭わなかったから、とか言われてるな」
すると健吾が、辛辣な事を言いはじめた。
「そもそも日本軍は、参謀の役割を勘違いしてたんだよ」
「勘違いって?」
「参謀ってのは、指揮官を補佐して作戦や計画を立てたり、情報を調べるものだろう? だけど日本軍の作戦には、ずさんなものが多い。これは大局的な戦略を持たず、情報や兵站、国力を軽視した結果だ」
「う~ん、それは否定できないかも。いつからそうなったのかな?」
「少なくとも、俺がじかに接したことのある明石大将や福島大将は、戦略のなんたるかを知っていたぞ。彼らの上司だった川上操六なんか、ドイツ留学でモルトケの薫陶を受けたそうだ。つまり日露戦争まではまあ、まともだったんだろうよ」
「へ~、でも昭和の軍人だって、ドイツ留学とか普通にしてるよね?」
「そうだな。だけど上っ面だけで、まともに勉強なんかしてないんだ」
「うは、辛辣」
きつい事いうな~。
だけど否定できない。
「参謀教育っていうと陸軍大学や海軍大学だけど、戦術重視で戦略や軍政がおざなりになってたって事かな」
「そうだ。有名な石原莞爾も陸大に行ったが、あまりに戦術重視で呆れたらしい。あんな教育じゃあ、政戦略的発想は身につかないってんで、もっぱら独学に励んだとよ。他にも、上から言われた事や前例に従うような思考法しか、教えられなかったって話もあるぞ」
「なるほど~。道理でガダルカナルなんか行っちゃうわけだ」
「ま、そういう事だ」
すると今度は祐一が主張する。
「結局、ガダルカナルどころか、トラック島も捨てるべきだったんだよ。そしてマリアナ諸島を要塞化して、米軍を迎え撃ちつつ、後方の補給網を叩く。そうすりゃ、アメリカも音を上げたかもしれない」
「アハハ、それができてりゃ、そもそも戦争が起きてないよ」
「まあ、そうかもな」
祐一の言うことは正論だけど、当時の日本人がトラックを捨てるとか、ちょっとやそっとじゃ無理でしょ。
人間は一旦、手に入れたものは、なかなか手放せない。
ここで正三も似たような事を言いだした。
「でもさぁ、ガダルカナルなんて、明らかに攻勢限界点を超えてたわけでしょ。おかげでもの凄い被害を出しながら、結局撤退しただけじゃん。責任問題にならなかったのかな?」
「ハハハ、誰も責任を取らないのが、日本軍クオリティだからな。たしかガダルカナル島では、2万人ぐらい死んだんだっけ?」
「ああ、しかもその4分の3が、餓死か病死したんだよな」
「あれな~。まさに参謀が仕事してない典型だよな。まあ、まともに仕事してたら、そもそもガ島なんか行かないけど」
「そうそう。それからガ島がらみで言うと、ブーゲンビル島ってあるじゃん?」
「ああ、ガ島の東にあって、海軍が航空戦を仕掛けた所な」
「そう。あの時の結末もひどかったよな。駆逐艦1隻を沈めただけなのに、空母7、戦艦7、巡洋艦9隻他を撃沈って報告したんだぜ。とんでもない嘘つきだ」
「ああ、あれな~。海軍は台湾沖海空戦でも、空母10隻撃沈とか誤報を垂れ流して、陸軍の作戦に悪影響を与えたんだよな」
「そうそう。実際はパイロットの言い分を丸呑みしただけで、嘘ではないんだけど、まともに戦果を分析できない時点で、組織として終わってる。高価な装備を与えられた素人の集まりだな」
「兵士は優秀だって言われてるのにね」
「現場頼みなのは、今も百年後も変わらないってか」
「ハハ、違いない」
そこでみんな笑うが、すぐにため息に変わる。
なんとなく白けた空気になったので、慰めを口にした。
「ま、今の俺たちは、そのどうしようもない軍隊を、建て直してきたわけだ。今後に期待しようぜ」
「そうやな~。そうでも思わんと、やっとれんわ」
「アハハ、そうだね。なるべく上手くやって、前世の無念を晴らそうよ」
「いや~、でも上手くやり過ぎると、日本人はすぐに調子に乗るからな」
「その辺のさじ加減が、最大の課題ってか。救われねえな」
「ま、少なくとも人命の損失は減らそう。その後のことは、その時に考えればいい」
「せやな~」
なんか変な話になったけど、こういう議論も役に立つかな。
立つといいなぁ。




