幕間:謀略課の暗躍
【川島健吾】
「こんにちは、石原少将」
「やあ、川島さん。今日も報告書を?」
「はい、欧州関係の最新情報をお持ちしました」
「よし、私が聞かせてもらおう」
そう言って石原莞爾は立ち上がると、率先して会議室に入る。
彼はまた飴玉を口に入れると、愚痴をこぼしはじめた。
「いや~、欧州方面がゴタついてるせいで、忙しくて仕方ないよ」
「それは仕方ありませんよ。なにしろ世界大戦が始まったんですから」
「そうなんだよね~。川島さんの言ったとおりだ」
「まだまだ、こんなもんじゃ済みませんよ。必ず日本へも、飛び火してきますから」
「うへ~、堪らないな」
彼はうんざりという顔をするが、そのわりには余裕そうだ。
石原は少将に昇格したが、今は謀略課を課長として仕切っている。
本来なら情報部の部長でもおかしくないが、本人が謀略課に残ることを希望した。
実際、謀略課は他の課と協働することが多く、主導権を取るのに便利なので認められている。
「ところでユダヤ人科学者の勧誘は順調ですか?」
「ああ、政府がおおっぴらにユダヤ人保護を打ち出したからね。最近はけっこうな大物も、来日するようになった」
「それは良かった」
欧州では何年も前から勧誘班を組織して、ユダヤ人の科学者や技術者を勧誘していた。
しかしわざわざ極東の小国に来ようという人間は少なく、あまり成果は挙がっていなかった。
それでも粘り強く人脈を築いてきた結果、来日に応じる人材も増えている。
さらにここへ来て日本がユダヤ人保護を打ち出したおかげで、一気にその勢いが加速した。
そんな来日者の中には、かの有名な数学者 フォン・ノイマンも居るほどだ。
「そういえば、イギリスの動きはどうなんですか?」
「ん~、今のところは様子見だね。うちが忠告したから、アメリカの動きは警戒してるみたい」
「ふむ、しかし傍観してるだけでは済まないでしょうね」
「どうかな? このまま中立を貫くか、ドイツに宣戦するかは半々ってとこだろう」
「なるほど」
俺も似たような予測をしていたが、より広範に情報を得られる石原少将もそう見ているなら、ほぼ確実だろう。
そこで俺は、より核心に迫った質問をする。
「それならアメリカはどうなんです? このままドイツとの戦争に進むとお考えですか?」
「ああ、それは間違いないだろう。中立法も改訂して、ドイツにケンカを売るような事ばかりしている……問題は」
「……日本をどうするか、ですか?」
「さすが川島さん。鋭いねえ」
少将はニヤリと笑うが、その目は笑っていなかった。
それはつまり、
「知ってのとおり、アメリカはフィリピンやグアムの戦力を増強している。その勢いは尋常じゃない。そしてその矛先は……」
「極東同盟、そして日本ですね」
「ああ、そうとしか思えない。いずれ牙を剥いてくるだろうね」
「もしそうなら、ソ連も絡んでいるのでは?」
すると石原少将は満足げに笑ってうなずいた。
「ご名答。ていうか、川島さんに指摘されて調べたら、ルーズベルトの周りには、コミンテルンのシンパらしき人物が、うようよ居るね」
「そりゃあ、そうでしょうよ。共産主義は夢のようなイデオロギーだと信じる輩は、けっこう居ると聞きますから」
「そうなんだよねぇ。自分で見たわけでもないのに信じちゃうのは、ほとんど宗教だ。いずれにしろ、アメリカがソ連と通じてるのはほぼ確定。両国で極東同盟を分け合おうとでも、画策してるんだろうよ」
「でしょうね。これはいよいよ、我が国も傍観者ではいられませんか」
「だろうねえ」
少将は相変わらずニヤついている。
下手をすれば国家存亡の危機かもしれないのに、それを楽しんでいるかのようだ。
まあ、それを承知で取り込んだのだから、上手く使えばいいだけだ。
俺は姿勢を正しながら、彼に問いかける。
「今、大本営で共有されている対米戦略については、ご存知ですよね?」
「ああ、あれ?……そんな重要機密を知ってるって事は、川島さんが関わってるね? どうにも異質な臭いがすると思ったら、そういう事か」
「いえ、あれの参考にしたのは、日露戦争前の対露戦略ですよ。そういう意味では、我が国の基本に立ち返ったと言っていい」
すると石原少将は自分の額をペチンと叩き、おどけてみせる。
「あちゃ~、これは一本取られた。僕らの大先輩の戦略を参考にしてたのか。道理でスケールが大きいと思ったよ」
「ええ、私は明石大将や福島大将から、じかにお話を聞いてますからね。大いに参考にさせてもらいました」
「フフフ、さすがだねえ。そして僕をその戦略に、利用しようって魂胆かな」
「利用とは人聞きが悪いですが、ご協力をお願いします。今後は正面戦力以上に、情報部の力が必要になりますから」
「なるほど、なるほど。うまいとこ突いてくるねえ。こんな面白そうな話、断れるわけないじゃない」
「フフフ、そう言ってくれると思ってましたよ。安心してください。絶対に退屈はさせませんから」
「ああ、期待してるよ」
不幸にも対米戦争は避けられそうにないが、今まで準備してきた体制に、石原少将が加勢してくれるのはありがたい。
願わくば、より少ない犠牲で、対米戦を乗り切りたいものだが。




