50.対米戦争の予兆
昭和10年(1935年)4月 皇居
「日本が繁栄を謳歌する限り、いずれは衝突する可能性が高いと思われます」
「何だとっ!」
川島の警告に驚いた若槻さんが、大きな声を上げる。
しかし川島は淡々と説明を続ける。
「以前からお話しているように、1939年に欧州大戦が再発する可能性があります。ドイツのポーランド侵攻で始まる、第2次世界大戦です」
「うむ、それは聞いている。実際にドイツではヒトラーが台頭しているのだから、その可能性は低くないだろう」
「ええ。史実ではドイツの躍進に目がくらんだ日本が、日独伊三国同盟を締結します。おかげでその後、大陸からの撤退と、三国同盟の空文化を迫られ、米英蘭との開戦に踏み切ってしまいます。しかしこの世界で日本は、大陸の利権は少なく、英蘭との関係も良好です。このまま行けば、欧州大戦とは無縁でいられる可能性は高いでしょう」
「うむ、外交関係には配慮しているからな」
若槻さんが実感のこもった声を上げれば、他の元老もうなずいている。
実際問題、イギリスやオランダには、けっこう気を遣っていた。
特にイギリスと日本の間には、貿易関係で衝突する要素がそれなりにあった。
まずイギリスは産業革命で綿工業の動力化に成功し、綿製品で世界を牛耳ってきた。
しかし日本も第1次大戦中に、紡績業を中心に急成長する。
逆にイギリスは大戦で国力を消耗したうえ、工場や機械は老朽化していた。
おかげで世界恐慌後、日本の綿製品がイギリスを上回るようになったのだ。
特にインド市場を奪われた事に危惧を覚え、イギリスは関税の引き上げに走る。
これに日本もインドの綿花ボイコットなどで対抗したため、インド経済は大きな打撃を受けた。
これについて日英は協議したものの、不調のまま日本の綿製品はインドから締め出されてしまう。
そんな貿易摩擦からくる不満が満州へ向かい、満州事変に至ったという流れがあった。
しかしこの世界では、イギリスとは友好条約を結び直し、こまめに意思の疎通を図っている。
例えば、”インドへの輸出が減ってるから、日本からの輸出は控えてくれないか?” とイギリスが打診したとしよう。
それがイギリスの支配する領域であれば、日本は輸出を自粛する。
もちろん完全に統制はできないが、ちゃんと手を打ったという実績は残る。
全体的に見れば、日本が譲歩する場面が多くなるが、イギリスも無茶ばかりは言わない。
なにしろ第1次大戦を共に戦った仲であり、好感度は史実よりはるかに高いからだ。
さらに日本は史実の倍近く発展しており、敵に回すより味方にした方がいいという判断も働く。
結果、ポンド経済圏と円経済圏は、ほどほどに連携しながら、上手くやっていた。
オランダの方も、日本は蘭印石油のお得意さまだ。
さらに資源開発も共同でやっているし、イギリスのような貿易摩擦の種もない。
つまりもし欧州大戦が再発しても、日本は英蘭と敵対することはなく、むしろ協力する可能性が高いと言えた。
すると今度は、松方さんが口を開く。
「これだけ外交に配慮して、情勢は安定しているのだ。さすがにアメリカも、敵対しにくいのではないかね?」
「そうならいいんですが、今回のアメリカの動きは、敵対を厭わないように見えます。それにあの国は、難癖をつけて戦争に巻きこむのが、大好きですから」
「そうなのかね?」
「ええ、平気で事件を捏造して、戦争に持ちこむんですよ。まあ、史実の日本でも、似たような事をやりましたけど」
アメリカといえば、開戦の口実をひねり出すことにおいて、右に出る者はいない。
米西戦争のメイン号事件にはじまり、第1次大戦のルシタニア号事件、ベトナム戦争のトンキン湾事件、そしてイラク戦争の大量破壊兵器保有疑惑など、枚挙に暇がない。
特にトンキン湾事件では自作自演の疑いが強く、卑怯な手段もいとわない傾向があった。
そんな話を聞かせると、元老たちがうめき声を上げる。
「そこまでやるか?」
「そんなことをされては、防ぎようがないではないか」
「おっしゃるとおり、とても防げないような話ですから、いざという時の備えが必要なのです」
「たしかに……それもそうだな」
「しかしアメリカと戦争などして、本当に勝てるのかね?」
そう問うたのは西園寺さんだ。
「それについては、30年も前から準備を進めており、決して不可能ではありません」
「それは例の、対米戦略というやつかね?」
「そうです。まず敵の艦隊を引き寄せてから、大きな損害を与える。そのうえで敵の海上輸送路を締め上げつつ、米本土でも工作を行い、厭戦気分を誘います。場合によっては、ハワイや西海岸への攻撃も厭いません。アメリカは州の権限が強いですから、どこかが脱落するぐらいになれば、講和が成立する可能性はあります」
「……それは凄い話だ。しかしそんなに上手く、いくものかね?」
「もちろん確実とは言えませんが、そのためにいろいろと手を打ってきました」
さすがに断言はできないが、元老たちもそれ以上は追求しない。
実際に俺たちが日本を大きく変えてきたことを、よく知っているからだ。
その後もいろいろと世界情勢について語り合い、今後も状況を注視することとして、その場は散会となった。
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昭和10年(1935年)6月1日 東京砲兵工廠
「「「乾杯!」」」
そして6月の1日になり、俺たちはお祝いをしていた。
明治にタイムスリップして、満30年の記念日だ。
「もう30年か。長いようで、あっという間だったな」
「ああ、ほんと。40代を2度も経験するなんて、想像もつかなかったよ」
「ほんとそうだよね。また太ってきたし」
「そんなん、まだマシやで」
「四郎は太りすぎだよ」
「ええねん。人生は楽しんだもん勝ちや。ガハハッ」
そう言って豪快に笑う佐島は、けっこう太っていた。
結婚して美味いメシを食っているせいだろうか。
しかし彼以外は多少のぜい肉はつきつつも、服を着ていれば目立たないレベルだ。
「それにしても、これからどうなるのかな?」
「アメリカがやる気だってのは、はっきりしてきてるからな。戦争は避けられないだろ」
「だな。大々的な建造プランも公表されたし」
今年に入ってアメリカは、史実のヴィンソン案以上の大建艦計画を発表していた。
それはいまだに尾を引く大恐慌への対策もあろうが、造るだけで終わるとも思えない計画だ。
「そんなもん、こっちもやってやればええねん。日本の国力だって、段違いに高まってるんやから」
「まあ、そうなんだけど」
実際、今の日本の国力は相当なものだ。
【1935年の推定国力】※カッコ内は史実の値
実質GDP:3600億ドル(1961億ドル)
人口: 7100万人 (6924万人)
製鉄能力: 800万トン (200万トン)
発電能力: 700万kW (418万kW)
自動車保有:40万台 (12.6万台)
石油生産量:180万kL (40万kL)
石油消費量:300万kL (170万kL)
すでに実質GDPは、イギリスの3660億ドルに迫る勢いだ。
もちろんアメリカ(1兆1316億ドル)にはまるで敵わないが、史実の倍近い規模である。
そして俺たちが育成してきた、各種産業の力があれば……
そんな世界情勢の話をしつつも、俺たちはつかの間の余暇を楽しんだ。




