48.大本営に参加しよう
昭和8年(1933年)4月 皇居
「君たちの大佐待遇と、連絡会議への参加資格が認められたよ」
「そうですか。ありがとうございます」
「いや、むしろここまで待たせてしまい、申し訳なく思っているほどだ」
「それは仕方ありませんよ。機密情報に接するからには、誰でも慎重になります」
「うむ、理解してくれて助かる」
久しぶりに招集が掛かって参内してみれば、俺たちの昇進と新たな資格を知らされた。
その資格とは、大本営連絡会議への参加を認めるものだ。
この会議は昭和になって正式に設置されたもので、日本の国防を司る会議体である。
そこでは月に一度、首相、外相、兵部相、統合幕僚長、参謀総長、軍令部長、情報部長が集まり、国防に絡む情報と認識を共有する。
もちろんこれは平時のことで、非常時は必要に応じて開かれる。
これが史実に比べ、どれほど画期的かというと、もう比べ物にならないぐらいだ。
なにしろ史実の日本ときたら、海外の情報を得られる陸軍、海軍、外務省がバラバラに動いていた。
しかも首相に優越権が認められていないので、その情報が首相の下に集まらない。
そんな状態では、まともに国策を練ることなどできはしない。
おまけに日露戦争の前、海軍のゴリ押しで陸海の統帥権は分裂していた。
おかげで陸海がバラバラに軍令を策定し、それを天皇に突きつけられるような形になってしまう。
明治時代は天皇が首相を呼び、国策の策定に関わらせていたので、まだマシだった。
しかし1907年には山縣らのゴリ押しで、軍令には首相の副署を必要としないという抜け道が作られてしまう。
そんな状態で首相が国防を主導できるはずもなく、軍部の暴走を止められなくなっていった。
天皇陛下でさえ、それは同様なのだ。
まともな情報を与えられないままに、軍の決定を突きつけられていた。
もちろん陛下には拒否権があるが、それも連発はできない。
そもそもまともな情報を持っていなければ、合理的な判断など無理な話だ。
おまけに天皇陛下ですら、自身を守ることに留意せねばならなかった。
どうやら軍の一部は、言うことを聞かない陛下は廃位すればいいと、本気で考えていた節がある。
それらにとって良い天皇とは、自分たちの言うことを聞く天皇でしかないのだ。
なんと自分勝手で、恥知らずな思想であろうか。
残念ながら、さまざまな積み重ねで史実の日本は、そんな国になってしまった。
結局、天皇陛下は身の危険に脅えながら、流れに身を任せるしかなかった。
明治の先達とは比べ物にならないほど愚かな臣下にかつがれ、対米開戦に踏み切らねばならなかった陛下のご心情は、いかばかりであったろうか。
しかしこの世界では、その様相は大きく異なっている。
まず陸海軍は兵部省の下に統合され、統帥権は一本化された。
さらに統帥権は首相もしくは内閣の補弼によって行使されると、憲法に明記されている。
おかげで陛下も首相も、軍令を国策の一部として、主体的に管理できるようになった。
ちなみに政治の方はどうかというと、こちらもなんとか機能していた。
もちろん人類特有の愚かさからは逃れられず、質の悪い政治家もいれば、つまらない騒動も起きる。
それでも天皇陛下と元老の権威が維持されており、そこそこ穏健で理性的な内閣が、日本の舵を取っていた。
そんな状況下で俺たちも、ようやく重要会議に参加する資格を得た。
もっとも、ここまで来るのにも、それなりに抵抗はあった。
いかに元老の身内といえど、たかが軍属を出席させるのはいかがなものかと、文句が付いたからだ。
俺たちの素性を知る者は、ごく一部に限られているのだから仕方ない。
そのため俺たちは、間接的に国を動かしながら、得意分野で実績を積みかさねてきた。
俺はすでにエンジンの大家として認められているし、後島は金属材料、中島は電気技術、佐島は化学材料の分野で、それぞれ確かな地位を築いた。
そんな中、ちょっと異色なのは川島だ。
彼はコンピューターの腕前は抜群だが、コンピューター自体がまだ表に出せない。
そこで早々に見切りをつけ、これまた得意な金融業と情報収集に精を出した。
彼は愛国商会の支店を海外にも作り、主に経済関連の情報収集に取り組んだ。
彼の素性を知る者にさえ、その行動は不審がられたが、川島は黙々と仕事をこなした。
やがて彼は商会で集めた情報をまとめ、陸海軍と外務省の情報部門、そして首相宛てに送るようになる。
最初は理解されなかったが、やがて彼の仕事ぶりに注目する者が出てきた。
特に大戦後の世界情勢の分析や、世界恐慌の兆候を示す情報について、高く評価されたようだ。
そうして実績を作ったうえで、大本営の機密にもアクセスできる権限を求めた。
その結果が、今回の大本営連絡会議への参加資格である。
ちなみに俺たちも資格を得ているが、基本的に顔を出すつもりはない。
そちらは川島に任せておいて、彼からの情報を基に対応を決めていくことになるだろう。
どの道、機密情報にアクセスする必要はあるので、あえて資格も付与してもらった形だ。
「川島くんは、今後どうするつもりかね?」
「情報部と連携して、暗号対策を進める予定です」
「ふ~む、それは以前から言っていた、他国による暗号解読の可能性かね?」
「ええ、そうです。しょせん有限乱数による暗号なんて、いずれは解読されますからね。そこを対策しないと、戦争なんてできません」
「それが本当なら、たしかに危険だな。しかし、本当に戦争が起こるのかね?」
「断言はできませんが、起こる可能性は高まっています。すでに火種は生まれていますから」
「う~む、それはそうかもしれんが、現状は君たちの知る歴史とは違ってきているのだろう? 少なくともアメリカとの戦争には、ならないのではないかね?」
「その可能性もありますが、最悪を想定して備えておきたいのです」
「う~む……」
さすがに陛下も、それ以上は追求しなかった。
誰もが薄々、それが願望に過ぎないと知っているからだ。
その願望が打ち砕かれた時に備え、俺たちは努力を積み重ねるのだろう。




