47.戦車を開発しよう
昭和7年(1932年)4月 東京砲兵工廠
第1次世界大戦で登場した兵器のひとつに、戦車がある。
同大戦では塹壕や機関銃陣地、鉄条網に守られた防衛線が発展したため、それを攻める際に甚大な被害が出るようになった。
それらを乗りこえて味方を送りこもうと構想されたのが、装軌式の装甲車両というわけだ。
それは1916年ソンムの戦いに、イギリスのマークⅠ戦車として現れる。
戦果自体は芳しくなかったが、それ以降も戦場で運用されるようになった。
1918年にはフランス ルノーのFT17が登場し、戦車の基本形ができあがったと言えるだろう。
戦後には日本も欧州から戦車を輸入し、調査・研究に取り掛かった。
俺たちもその状況は注視していたが、あまり積極的に介入はしていない。
ここで本格的に開発するよりも、日本の工業力底上げが先だと考えたからだ。
史実では、大阪砲兵工廠で試作された戦車の技術が、自動車産業へ波及したという。
しかしこの世界の民間技術はそれなりに高く、むしろ戦車開発を後押しするほどだ。
そして1932年になってようやく、8年前に打っておいた布石が生きてきた。
そう、国内で建機の試作を募った、あの成果が現れたのだ。
「これが試製3号戦車だ!」
「「「おお~~!」」」
巨大な鉄の塊が、黒煙と轟音を上げて疾走する。
それは一見すると、史実で43年に実用化される1式中戦車に似ていた。
それもそのはずで、戦車オタクの中島がそれとなくデザインを示唆したからだ。
おまけにその性能は、10年近く先の戦車を上回っていた。
【試製3号戦車】 カッコ内は1式中戦車の仕様
車体長・全幅・全高:5.7×2.3×2.4m
重量 :20トン(15.2トン)
最大速度 :毎時44km
行動距離 :210km
兵装 :48口径47ミリ砲、7.7ミリ機銃×2
出力 :300馬力(240馬力)
乗員 :5名
まず重量が5トン近く増えたのは、装甲が厚くなったからだ。
ちなみに1式戦車と同様、車体は溶接で造られている。
そしてそんな巨体を走らせるエンジンや駆動系も、相応に強化されていた。
なにしろ8年前から建機の開発を奨励し、技術力を高めてきたのだ。
史実では評判の悪かったエンジンや駆動系も、相応に性能と信頼性が高まっていた。
その機関は史実にならい、空冷V12ディーゼルを採用している。
空冷ディーゼルは燃費が良く、整備性が高いうえに、攻撃を受けても火災になりにくい。
極寒のロシア方面を主戦場に想定する日本にとっては、冷却水の調達や凍結トラブルを避けられるのも良い。
その反面、でかいわりに出力が低く、黒煙・騒音・振動が大きかったり、潤滑油の消費が激しいなどのデメリットはある。
しかし俺たちの未来知識と、高い工業力に底上げされたエンジンは、史実をはるかにしのいでいた。
おかげで試作とはいえ、1式中戦車に相当するものが実現したのだ。
さらに懸架装置には、有名なクリスティー式サスペンションの改良版を採用している。
クリスティー式は不整地でも高速が出しやすく、複雑な地形にも対応できるサスペンションだ。
そのスプリングを斜めにしたものが改クリスティー式で、車高低減と特許回避を狙って採用した。
そんな試製戦車を見せてくれる将校が、原乙未生少佐である。
日本の戦車開発者として、有名な御仁だ。
「それにしても、中島さんの助言どおりに装甲を厚くしたけど、本当にここまでやる必要があるんですかね?」
「そこは信じてもらうしかないですね。でもちょっと想像してみてください。エンジンや足回りの性能が上がれば、より大きな砲が積めるんです。そしてそれに対抗するには、装甲を厚くしないといけない。ほら、必要でしょ」
「う~ん、でも欧州の方では、軽戦車を揃える傾向にあるみたいですけど?」
「今まではそうだったけど、イギリスやソ連では重戦車に回帰するらしいですよ」
「え、どこの情報ですか? それ」
「知り合いの商社からです。あまり詳しくは言えませんが、今後は確実に重武装・重装甲化が進みます。日本もその流れに乗り遅れないよう、少なくとも開発だけはしとかないと」
「う~む、なるほど」
中島と原さんがそんな話をしている。
戦車については中島の知識が頭抜けているので、基本は彼におまかせだ。
普段はナイーブな彼も、戦車と電気のことになるとひどく饒舌になる。
そして彼は史実の知識に従い、今後の戦車の方向性を予測してみせた。
実際、川島経由で入ってくる海外情報から、似たような流れになりつつあるのは確認できている。
まず1920年代には、”戦車は歩兵の支援に使うもの”だとか、”高速走行が可能な軽戦車は装甲が薄くても構わない”、なんて思想が流行っていたそうだ。
後の第2次大戦で繰り広げられる、機甲師団による殴り合いなど、まだ想像もつかなかったのだろう。
おかげで当時は、軽装甲・軽武装の戦車が、いろいろと作られていた。
しかしそれも30年代になると変化し、次第に重武装・重装甲の戦車が生まれてくる。
そろそろイギリスやソ連では、中型の戦車が作られつつあるはずだ。
原さんはその情報に驚きつつも、決して馬鹿にはしていなかった。
「それであれば、もっと余裕のある設計にしておくべきですかね?」
「そうですね。いざというときに装甲を厚くして、さらに大きな砲を積む余地は、残しておくべきでしょう。さらなる強敵に備えて、40トン級の戦車も開発するべきですね」
「40トン?! 中島さんはどこの国と戦うつもりですか?」
原さんがひどく驚いているが、中島は平然と答える。
「最大の主敵はソ連です。そして場合によっては、ドイツと戦うことになるかもしれません」
「ドイツですって? なんでまたあの国と?」
「欧州ではすでに、きな臭い動きがあるんですよ」
「そうなんですか……」
事実、この年のドイツでは大統領選挙が行われ、ヒトラーが2位につけるという事態が発生していた。
大統領の椅子こそ逃したものの、ナチ党は国会で第1党に成り上がるはずだ。
その先はヒトラーの首相就任であり、独裁政権の誕生である。
多少は歴史を変えてきた俺たちだが、欧州の大勢は史実通りだ。
それはあまりに遠い距離のせいか、それとも歴史の修正力が働いているからなのか。
しかし第二次大戦は避けられなくとも、日本の未来は変えられる。
そのためにできることは、なんでもやるつもりだった。




