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45.市場トラブルを解決しよう

昭和6年(1931年)6月 三菱重工 名古屋工場


”ミツビシコウクウ ノ キキ。シキュウ、ライエン ヲ コウ。

              ナゴヤコウジョウ フカオ ジュンジ”


 忙しく働きながら、有望な軍人と交流を持ちはじめていたら、こんな電報が届いた。

 それは三菱重工の航空部門からのもので、非常に切迫しているようだ。

 その原因に予想がついていた俺は、後島をともなって名古屋へと赴く。


 鉄道を降りてタクシーで工場へ到着すると、いきなり三菱の関係者に取り囲まれた。


「ああ、大島さん。来てくれたんですね。助かった」

「大島さん、どうぞこちらへ」

「いやいや、まずはこちらへ」


 みんな必死の形相である。

 しかし俺の体はひとつしかないので、まずは彼らを落ち着かせる。


「待て待て、待ってください。まずは皆さん、落ち着きましょう」

「そんな状況じゃないんです! とても落ち着いてなんて!」

「今さら焦っても、仕方ないでしょう」


 そんなやり取りをしていると、ようやく主役が現れた。

 彼の名は深尾淳二。

 三菱重工 名古屋航空機製作所の開発者で、史実でも金星エンジンを開発した人物として有名だ。


 ちなみに史実ではまだ三菱航空機だった名古屋工場も、三菱重工の設立が早まって統合されている。

 俺たちが競争力の強化を狙い、重工の成立を促した結果だ。

 そして本来は広島にいるはずの深尾さんも、すでに名古屋で航空エンジンの開発に携わっていた。


「ああ、大島さん。よく来てくれました。事情を説明するので、こちらへ」

「了解です。問題は、例のエンジンですよね?」

「ええ、例のやつです」


 憔悴しょうすいした様子の彼に案内され、工場の一角に入る。

 そこでお茶を待つ間もなく、話が始まった。


「この春から出荷した89式艦上攻撃機で、トラブルが続出しています。このままだとウチは、欠陥品メーカーの烙印を押されてしまう」

「だからもっと、検証すべきだと言ったんですがね」

「それは重々、承知しています。しかし上からの指示で、どうしようもなかったんです」


 俺の指摘に、深尾さんが情けなさそうな顔で答える。

 実はこの件に先立って、俺たちは89式の開発に協力していた。

 89式はイスパノ・スイザのV12水冷エンジンを採用しており、これがかなりの難物だった。

 元々、450馬力だったものを、650馬力にパワーアップしたら、問題が続出したのだ。


 それは主に冷却能力の不足によるもので、三菱も必死で対策した。

 しかし日本で使えるガソリンはオクタン価が低いのもあって、デトネーション(異常爆発)が頻発する。

 おかげでピストンの焼付き、コンロッドの折損、排気弁の損傷などが続発したが、一連の対策でなんとか治まったように見えた。


 それでも俺は、さらなる検証と対策を提案したのだが、三菱重工は製品化を急いでいた。

 その結果が納入後の不具合続発として、はね返ってきたわけだ。

 不具合の内容について聞くと、やはりデトネーションが起こっているようだ。


「やはりデトネーションが原因のようですね。それがなぜ再発したのか、原因を調べましょう」

「はい、よろしくお願いします」

「任せてください。とりあえず、深尾さんは少し寝たほうがいいですよ」

「あ、ありがとうございます。それじゃあ、ちょっとだけ……」


 まるで地獄で仏にあったような顔で、深尾さんが仮眠を取りに行く。

 そんな彼を見送ると、俺と後島の戦いが始まった。

 残った人たちの手を借りて、不具合の起きたエンジンを分解し、綿密に調査をしていく。


 時には部品を切り刻み、細部を拡大して原因をさがし求めた。

 そして明らかになってきたのは……


「やっぱり鋳造不良か」

「いや、これを鋳造不良って言うのは、酷じゃねえ?」

「まあ、そうなんだけど、実際に冷却能力は落ちてるからな。たぶん追加工で、なんとかなるだろう」


 それはシリンダーブロックの、微妙な不具合だった。

 通常なら見過ごされるほどの、水路の寸法精度の狂いが、冷却性能を落としていたのだ。

 さらにそれに加え、


「海軍の使ってるガソリン、品質が悪いな。これは改善が必要だ」

「だけどハイオクガソリンは、まだ量産できてないんだろ?」

「ああ、だから当面は、制爆剤を使うしかないな」

「制爆剤って、四郎に作らせるのか?」

「ああ、それが一番、てっとり早い」


 どうやら海軍の使っているガソリンが、三菱で使っていたものより、オクタン価が低かったらしい。

 そこへ冷却能力の悪いエンジンが組み合わさり、デトネーションを引き起こしていたと思われる。

 それを知った深尾さんが、がっくりと肩を落とす。


「そんな馬鹿な。ちゃんと海軍指定のガソリンで、確認していたのに……」

「その点は申し訳ありません。今後は品質管理を強化すると同時に、ハイオクタン化も進めますので。それまでは制爆剤で対応するよう、手配します」

「制爆剤ですか? それは一体、どんなもので?」

「4エチル鉛っていう薬剤を添加します。欧米ではぼちぼち、使われてるみたいですね」

「なるほど……それではうちは、エンジンに追加工をするだけでいいんですね?」

「ええ、今回は互いに不備があったということで、手打ちにしましょう。軍の方には根回しをしておきますから」

「はい、それは助かります。本当に、ありがとうございました」

「いえ、こちらこそ、ご迷惑をお掛けしました」


 とりあえず方針が決まったことで、関係者の顔が明るくなった。

 その後も細かいことを打ち合わせてから、帰り際に深尾さんに話しかける。


「ところで深尾さん、ひょっとして、空冷エンジンへの転換を考えていませんか?」

「えっ、どこでそれを?!」

「いや、工場の方で、ちょっと見かけたんですよ」

「ああ、そういうことですか……ちょっとこちらへ来てもらえませんか」


 そう言って深尾さんは、俺たちを隅の方へ誘う。


「実はまだ、正式に根回しはできてないんですが、空冷への転換を考えてます。日本の技術では、水冷はまだ早いように思うんですよ」

「そうですか。しかし今までの蓄積を、ムダにしてしまうのも惜しいですよね?」

「それはそうですが、今回のようなことが続けば、この部門は整理されてしまうかもしれません……」


 深尾さんは悩ましい顔で、心情を吐露する。

 そんな彼に、俺は提案を持ちかけた。


「それなら深尾さん。水冷エンジンを、外部に委託しませんか?」

89式艦上攻撃機の不具合は実際にあったもので、海軍からは”使い物にならぬ”とダメ出しされました。

鋳造不良うんぬんの話は創作ですが、似たようなことがあったんじゃないかなと。

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