41.教育改革の成果
昭和5年(1930年)12月
この日本では自動車、航空機、電子・電気機器、化学、製鉄、発電、建機など、さまざまな分野の技術が発達している。
その一方で、軍隊はどうだったかというと、こちらも様々な変革が進んでいた。
まず1908年から始めた軍教育の改革が、ようやく1913年頃に落ち着いた。
多くの組織が絡むため、再編するだけでも、それほどの時間が掛かったのだ。
これによって各教育機関は共通となり、それだけで陸海の距離が少し縮まった。
なにしろ士官学校や軍大学、軍医学校の基礎課程は共通だし、幼年学校にいたっては全て同じだ。
おかげで陸海の将兵が共に過ごす時間が増え、互いの理解が進んでいる。
例えば陸軍は大陸に意識が向いているので、清、正統ロシア、韓国、中国、そしてソ連に関する情報が豊富だ。
逆に海軍は太平洋方面が担当なので、南洋地域やアメリカの情報が主になる。
これらはほとんど共有できていなかったが、今は学校で学べるようになっている。
するとおぼろげながら、
”陸軍は清、正統ロシア、韓国と連携し、ソ連や中国に対抗しようとしている”
”太平洋方面での主敵はアメリカになるが、単独で対抗する目処は立っていない”
なんて事情が互いに伝わる。
そうすると、"最も重要なのは外交であり、軍備だけを進めても意味がない"、という認識が浸透していった。
これは陸海がいがみ合ってばかりの史実日本とは、相当に異なる状況である。
現状でも多少の対抗意識はあるものの、それもかなり薄らいでいる。
しかしここまで来るにはそれなりの葛藤もあった。
その過程では俺たちも、ひと肌ぬいでいる。
それは例えば、”なぜこんなに陸海はいがみ合っているのか”、について考える場を設けたことだ。
これはまず乃木さんと東郷さんに、話の分かる高位軍人を10人ほど集めてもらう事から始まった。
やがて皇族を含む高位軍人が皇居内に集まると、その場で陸海がいがみ合う理由を討論する。
あいにくと当の本人たちはメンツがあって本音を話せないので、俺たちが代弁してやった。
まず陸軍は、その数の多さと歴史の長さから、どうしても海軍を下に見がちだ。
対する海軍はたしかに少数だが、艦船を操るという特殊な技能を誇りに思っている。
しかも海軍は陸軍に吸収されないかという危機感を、常に持ってきた。
それ故に両軍は無駄に意地を張り、予算をぶん取りあうような関係になっている。
そう指摘してやったら、多くが顔を真っ赤にして反論してきた。
しかしさすがに、東郷さんや乃木さんが選んだ人たちである。
基本的に頭がいいから、いろいろと議論するうちに、俺たちの言にも一理ある事を認めはじめた。
そこで今度は縄張り争いがいかにムダで、国力を消耗するかという実例を示してやった。
時代や国名をぼかして、歴史上の失敗談を披露したのだ。
その多くが史実の日本軍だったのは、皮肉な話である。
やがて参加者たちもそれがムダどころか、害悪であることに気づく。
”昨今の教育改革は、そんな弊害をなくすために必要だった”、と認める雰囲気になったところで、陛下の登場である。
隠れて議論を聞いていた陛下は、
「帝国を守るという、同じ目的のために働きながらいがみ合ってしまうのは、実に残念なことだ。もちろん人である限り、争いは避けられないが、もっとやりようはあるであろう。それを実現するために、力を貸してほしい」
とおっしゃった。
そう言われれば、参加者たちに否はない。
20人弱の改革推進派の、出来上がりである。
そんなことを数回やってるうちに、改革がスムーズに進むようになってきた。
そんな懐柔策と並行して、人事的な強硬策も交じえ、ようやく軍教育の改革は成ったのだ。
さらには実践的なカリキュラムを整えたり、軍の評価・昇進制度を見直すこともしている。
その過程では、機関課出身者の待遇も改善していた。
これは史実でもくすぶっていた問題で、機関課将校には兵の指揮権がなく、大将に上がれないなどの差別があった。
命令系統の都合からくる話ではあれど、やはり差別された側は面白くないし、士気も上がらない。
そこで多少の条件は付けながら、待遇を改善してきた。
他にも指揮官には、ワンランク上の視点を持つという意識づけも進めている。
これは分隊長なら小隊長、小隊長なら中隊長といった具合に、上位の立場になって考える事である。
それができれば上官の意図を察しやすくなるし、上官が指揮不能になっても、迅速に指揮を執ることができる。
もちろん簡単にできることではないが、これによって部隊の質が向上しているという。
それだけでなく、将校にはさらなる変化を強いた。
例えば人事の評価項目で、レポートの有無が重視されるようになっている。
このレポートの内容は各種戦術に留まらず、大局的な戦略や兵站、情報など、多岐にわたる。
なぜなら史実の日本軍は、近視眼的な戦術や戦略に凝り固まり、広い視野での教育を怠ってきたからだ。
おかげで参謀もまともな仕事ができず、行き当たりばったりの作戦を繰り返していた。
そこで将校に広い視野を持たせるため、しばしば課題を与え、レポートにまとめる事を促した。
もちろんこれには得手不得手があって、誰もが書けるものではない。
それでもレポートが有効と認められれば、昇進が早まるのだ。
優秀な軍人ほど、こぞってレポートを提出するようになった。
おかげで精神論を振りかざすような連中は、その勢いを失っている。
頭でっかちな連中ばかりにならないよう留意する必要はあるが、今後も将校の質向上に寄与することだろう。
ちなみに太平洋戦争で有名な軍人の階級は、現時点ではこうなっている。
【陸軍】
少将:寺内寿一、杉山元
大佐:畑俊六、梅津美治郎、永田鉄山★、山下奉文★、今村均★、本間雅晴★
中佐:石原莞爾★、土肥原賢二★、板垣征四郎、東條英機
少佐:栗林忠道★、宮崎繁三郎★、牟田口廉也
【海軍】
少将:大角岑生、永野修身、米内光政、堀悌吉★
大佐:及川古志郎、山本五十六、嶋田繁太郎、三川軍一★、小沢治三郎★
中佐:古賀峰一、南雲忠一、豊田副武、井上成美、近藤信竹、角田覚治★
山口多聞★、大西瀧治郎★、岡敬純★、田中頼三★、西村祥治★
少佐:伊藤整一、原忠一、宇垣纏、木村昌福★
大胆な軍縮を実施したこの世界では、基本的に昇進が遅れている。
しかし★の付いている人たちは、ほぼ史実どおりに昇進していた。
これには俺たちが有望だと認め、陰ながら与えたヒントが寄与している。
もちろん、そのヒントを活かせるかどうかは、その人次第だ。
しかしその多くが立派なレポートを書き上げて、出世が速まっていた。
この調子で理性的な人たちが幹部になってくれれば、日本の未来にも希望が持てるというものだ。




