40.最強メーカーへの道
昭和5年(1930年)5月 愛知県 刈谷町
「私自身は、ぜひ一緒にやらせてもらいたいと思っています」
「おおっ、それでは――」
喜ぶ吉田さんを、豊田さんが手で制す。
そして少し困ったような顔で、言葉をつけ加えた。
「待ってください。私だけでは、決められない事なのです。なにしろ私は、この会社の常務でしかないのですから」
「……やはり社長の説得は、難しいですか?」
「ええ……残念ながら」
豊田さんが悔しそうに認める。
彼は豊田佐吉の長男だが、豊田自動織機の社長は豊田利三郎だった。
利三郎は伊藤忠商店(後の丸紅)出身の辣腕家で、喜一郎さんの妹と結婚している。
そして喜一郎より年上のため、豊田家の主導権は利三郎にあった。
つまり自動車産業に参入するには、利三郎を説得しなければならないのだ。
史実でも利三郎は参入に懐疑的で、しばしば喜一郎と衝突したという。
しかしだからといって、俺も簡単に諦めたりはしない。
「ふむ……豊田さん。仮に愛国商会が旗を振って、中京地区の銀行団から出資を引き出せるとしたら、やれませんか?」
「愛国商会って、たしか皇室が後見する商会ですよね。そんな所がうちを、応援してくれるんですか?」
「ええ、私にツテがありますし、愛国商会は有望な企業を応援してるんですよ。十分に可能性はあります」
「そういう噂は聞いていますが、うちのような田舎企業に?」
疑わしそうな彼に、俺はさらに言葉を重ねる。
「実際、東京自動車は何回か愛国商会の出資を受けてます。優秀な国産技術を持つ企業は、貴重ですから。ねえ、吉田さん」
「え、ええ。大島さんのツテで、支援してもらってます」
「そうなんですか?……なら可能性も、あるのかな」
「はい、十分に可能性はあると思います。豊田財閥は、中京地方ではそれなりに存在感がありますし」
「ふむ、なるほど……」
豊田さんはしばし考えこむと、思いきったように顔を上げた。
「分かりました。社長を説得してみます」
「ぜひお願いします。そうだ。ちょうど新型車に乗ってきてるので、社長に見てもらってはどうですか?」
「おお、それはいい。ちょっと社長の都合を確認してきます」
そう言って豊田さんは、嬉しそうに出ていった。
すると吉田さんが、心配そうに訊ねてくる。
「なんとか合意、できますかね?」
「資金に目処がつくなら、なんとかなるでしょう」
「そうですか……しかしうまく合意できても、その先はどうなることか……」
「豊田さんは生粋の技術者で、国産技術を育成するのにも熱心なんです。たぶん上手くやれますよ」
「本当にそうなら、いいんですが……」
その後、なんとか利三郎社長をつかまえ、説得の機会は得られたのだが……
「うちみたいな田舎財閥に、自動車製造なんて無理だ!」
「しかし社長。技術力はすでにありますし、愛国商会に出資を頼めるそうなんです」
「愛国商会だと……なぜ皇族ゆかりの商会が出てくるんだ?」
「大島さんのツテで、東京自動車はすでに出資を受けているそうです」
「そうなのか?」
利三郎社長に問われ、俺と吉田さんで説明をする。
「はい、愛国商会は有望な企業を応援しているので、すでに出資してくれてます。東京自動車の技術力には、その価値がありますから」
「はいっ、性能には自信があります」
「むむむ……」
ここでもうひと押しとして、新型車に乗ってもらった。
工場の敷地内を少し走らせると、利三郎は感嘆の声を上げる。
「おお、これはなかなかいいな。国産技術は、ここまで来ているのか」
「ええ、なかなかのものでしょう? しかし今のような少量生産では、外国車に勝てないんです。そこで大量生産に対応した生産ラインを、構築する必要があります」
「それはそうだろうが……なぜうちなんですか?」
「帝大で工学を学び、国産技術に理解のある喜一郎さんなら、やってくれると思いました」
「う~む……」
なおも悩む利三郎さんに、喜一郎さんが許可を求める。
「社長、やらせてください。親父は自動織機で日本に貢献したんだから、私は自動車で貢献したいんです」
「う~ん、それを言われると弱いな。佐吉さんには、君のことを頼まれているから」
結局、利三郎さんは、目標の出資額を集めることを条件に許可を出した。
それを聞いた喜一郎さんは、とても嬉しそうだった。
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昭和5年(1930年)12月 愛知県 刈谷町
その後、年内に目標額が集まり、豊田自動織機の中に自動車部が誕生した。
自動織機の資本金は600万円から1200万円へと増資され、まずは試験的な工場が刈谷町に作られることとなる。
それと並行して、喜一郎さんと吉田さんが協力して、新型車を開発していく。
それを試験工場で月に数百台レベルで生産し、ゆくゆくは月産2千台の工場も建てる予定だ。
ただし乗用車の需要はまだそれほど多くはないので、トラックやバスも作れるようにする。
その未来は不確定だが、これで世界最強の自動車メーカーへの道が開けたと言っていいだろう。
今後もその流れを加速させ、総力戦にも対応できる基盤を作りたいものだ。




