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39.東京自動車の行く末

昭和5年(1930年)5月 愛知県 刈谷町


 その日、俺は愛知県刈谷町で、豊田自動織機製作所を訪ねていた。

 それも1人ではなく、東京自動車の吉田さんを伴って。


「お久しぶりです、豊田とよださん。欧米旅行はどうでしたか?」

「やあ、大島さん。とても有意義でしたよ。アメリカでは、フォードの工場も見られました」

「それは良かったですね。さぞかし大規模なものなんでしょう?」

「ええ、凄いですよ。国内にある工場なんて、比べ物になりません」


 そんな話をしている相手は、豊田喜一郎とよだきいちろう

 後にトヨタ自動車を立ち上げ、世界最強メーカーの礎を築く人物だ。

 今の彼は豊田自動織機の常務で、イギリスのプラット社と特許権譲渡の交渉をしてきたばかりだ。


 彼の父である佐吉が発明したG型自動織機は、世界に認められるほど優秀な織機だった。

 これに目をつけたプラット社が、特許を10万ポンド(100万円)で購入する。

 この資金がトヨタを立ち上げる際、役立ったというのは有名な話だ。


 史実では1933年に豊田自動織機内で自動車部を立ち上げ、37年にはトヨタ自動車として独立する。

 しかし彼はその前から自動車に興味を持ち、小型エンジンの研究を進めていた。

 そこで俺は数年前から彼に接触し、自動車産業への参入を促してきた。


 そして特許交渉の帰りに欧米を視察してきた彼に、重大な話を持ちかける。


「こちらが以前からお話ししていた、吉田真太郎さんです」

「吉田です」

「ほう、豊田です。東京自動車製作所の噂は、かねがねうかがっていますよ」

「光栄です。もっとも商売としては、いまだに微妙なんですけどね」


 吉田さんはそう言って自嘲するが、実際に東京自動車の経営は行き詰まっていた。

 元々、大倉喜七郎という後援者や、愛国商会の支援で、なんとか続けていたのが実情だ。

 大倉さんは大倉財閥の御曹司で、大のクルマ好きとして有名だった。


 そんな彼は東京自動車の支援にのめり込み、少なくない資産をつぎ込んでいる。

 史実ではこの浪費に怒った父親に介入され、吉田さんと内山さんは会社を去ることになった。

 俺の介入で経営は史実よりマシとはいえ、それでも苦しいのが実情だ。


 そこへ追い打ちを掛けたのが、米自動車メーカーの日本進出だった。

 関東大震災以降、自動車が急増した日本だが、この世界ではその半分を国産車がまかなっている。

 それでも日本市場に目をつけるには十分で、1925年にフォード、27年にGMがそれぞれ進出してきた。


 ただし史実と異なり、国内企業との合弁会社でだ。

 これは俺たちの意を受けた商工省の斡旋で、フォードは三菱造船と、GMは石川島造船と合弁会社を設立し、国内に工場を建てた。

 出資比率は三菱と石川島がそれぞれ51%を出資し、残りが外資である。


 国内メーカーからすれば大量生産のノウハウを学べ、外資は参入リスクを減らすことができる。

 ある意味、ウィン・ウィンな関係だ。

 史実では一旦は外資単独の進出を許すも、後で失策に気づいた政府が、国防を理由として外資を締め出した。

 それに比べれば、よほど軋轢は少ないだろう。


 そんな合弁会社の生産能力は年1万台前後で、それぞれフォードT型とシボレーを造っている。

 そしてこれが、国内の自動車産業に革新をもたらした。

 なにしろ国内には、せいぜい年に数百台程度の生産者しかいなかったのだ。


 そこへ10倍以上の生産システムが持ちこまれた。

 ベルトコンベアーによる生産ラインと、それを支える部品産業の急激な成長。

 そして大量生産を実現する、品質管理の思想。


 それら全てが日本人の想像を、はるかに超えていた。

 そこで雇われた者は多くを学び、大量生産への理解が急激に深まっていく。

 そして大手企業はそれを模倣し、大量生産システムを構築しはじめていた。


 しかし大きな後ろ盾や資本を持たない零細企業は、それに追随できない。

 なにしろ自動車の大量生産には、莫大な資本がいるからだ。

 それを捻出できない企業は、パトロンを見つけるか、同業とくっつくしかない。


 にわかに自動車産業の再編機運が高まり、東京自動車も例外ではいられない。

 そこで吉田さんたちは、まず大倉財閥を頼ろうとした。

 史実よりも格段に高い技術力に、大倉の資本を合わせれば、なんとかなったかもしれない。


 しかし残念ながら、彼らの期待は裏切られる。

 元々のパトロンだった喜七郎は乗り気だったものの、その周囲を説得することができなかった。

 すでにフォードやGMが参入しているため、競争が激化すると見られたのが原因だ。


 その後もあちこちを当たった吉田さんだったが、条件が折り合うことはなかった。

 吉田さんにも大きな出資を望むか、外資との提携が前提の所ばかりだったのだ。

 国産技術にこだわりの強い吉田さんには、とても飲めない条件だ。


 それを知っていた俺は、数年前からある計画を温めていた。

 そしてそれを実現するために、ここまで来たのだ。


「それで豊田さん、以前から相談していたこと、考えていただけましたか?」

「……」


 豊田さんはしばし沈黙し、理知的な目を向けてくる。

 やがて思いきったように、口を開いた。


「私自身は、ぜひ一緒にやらせてもらいたいと思っています」

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