37.恐慌に対処しよう
昭和4年(1929年)9月 皇居
9月某日、ニューヨーク市場の株価が暴落した。
世界大恐慌の始まりである。
第1次大戦後のアメリカは、終戦で一時的な反動はあったものの、すぐに成長軌道へ復帰していた。
彼の国では帰還兵が結婚して住宅ブームが発生したり、自家用車の購入者も増えていたからだ。
さらに都市化によるインフラ整備や、欧州の復興需要もそれを支えつづける。
それでも27年頃に需要は減少に転じたのだが、なぜか株価だけは上がり続けた。
いわゆるバブル現象である。
とうとうそれが弾けた結果がこの暴落で、ダウ指数は2ヶ月で最高値の半分程度になってしまった。
それは米国の金融システムを直撃し、なんと4割もの銀行が破綻したという。
当然ながら日本にも影響はあるのだが……
「本当に発生したのう」
「ええ、明らかにバブルでしたから」
「あらかじめ備えておいて、本当によかった」
そんな話をしているのは昭和天皇陛下と、高橋是清蔵相である。
他にも西園寺公望、若槻礼次郎、松方巌(松方正義の長男)が、元老として参加している。
かくいう高橋さんも、元老の1人である。
ちなみに俺たちも順調に出世していて、昨年に中佐待遇となった。
元老の関係者として、各方面で活躍してきたのだから、それも当然であろう。
そんな中、高橋さんには、今回の世界恐慌に蔵相として対応してもらった。
それどころか、2年前の昭和金融恐慌でも活躍していた。
この昭和金融恐慌とは27年3月、”渡辺銀行が破綻した”、と蔵相が失言したのが発端だ。
実態とは異なるこの発言により、渡辺銀行には顧客が殺到し、休業に追いこまれる。
これは他の中小銀行にも飛び火して、取りつけ騒ぎと休業が続発し、台湾銀行にもそれが及んだ。
政府は慌てて銀行の一斉休業や紙幣増刷などを行い、なんとか鎮静化に成功する。
しかしその間に株価は20%も暴落し、40もの銀行が倒産、休業の憂き目に遭ったという。
しかしこの世界では、その被害はだいぶ抑えられた。
そもそも台湾銀行などが潰れかけたのは、23年の関東大震災に原因がある。
当時、被災した企業が振り出した手形を、政府が割り引く優遇制度が実施されていたからだ。
これは被災企業への措置としては有効だったが、震災と関係のない決済不能な手形の混入も許した。
救済措置を悪用した、不良債権の先送りである。
おかげで2年ぐらいで処理するはずだった不良債権が積み重なり、それが表面化して金融恐慌に至ったわけだ。
それを知っていたので、俺たちは不良債権を減らすように動いてきた。
まずこの日本は健全に経済成長している事に加え、正統ロシア大公国や新生清国という市場が存在するため、そもそも不良債権が少ない。
さらには俺たちの助言で大戦中に発足した諮問委員会も、大きく役立っていた。
これは一般から選ばれた有識者と、各省庁からの少壮官僚で構成されており、国政運営への助言を行う諮問機関である。
そして俺たちはこの委員会を通じて、国内に警告を発していた。
その主な内容は、”欧州大戦はもうじき終わるので、設備投資や材料手配を控えるべき”、というものだった。
もちろん過熱した国内景気は、そう簡単に制御できるものではない。
しかしそれなりに冷静な企業や投資家に、冷水を浴びせるのには十分だ。
さらに奥の手として、大蔵省から台湾銀行に圧力を掛けさせる事もした。
それは鈴木商店への融資を絞るよう指導するもので、当然、それなりの反発もあった。
しかし国の指導には逆らえず、結果的に鈴木商店が大きな負債を抱える事を防ぐ。
これらの処置により、27年の不良債権も史実の半分くらいで済んだのだが、とある国会議員の失言で恐慌が起きかけた。
これが歴史の修正力というやつであろうか。
しかし高橋蔵相がすばやく事態を収集してくれたため、その影響は軽微に済んでいた。
さすがは日本有数の財政家だ。
俺たちの情報があったとはいえ、その手腕には非凡なものがある。
今回の世界恐慌においても、その手腕はいかんなく発揮されていた。
まず日本の主力輸出品である生糸が、最大の需要国であるアメリカで売れなくなった。
史実だとこれに金解禁(1930年)の混乱が加わって、株価や生糸価格、米価が暴落してしまう。
これを防ぐために金解禁は凍結し、再びの国債増発で以下の公共事業を実施する。
・羽田空港の拡張
・主要港の拡張・整備
・関門トンネルの建設
・石油備蓄タンクの建設
・製鉄、発電、造船、化学、石油精製、自動車、航空機分野での設備投資促進(優遇税制、低利融資)
これらの対処で世界恐慌の影響を打ち消し、再び成長軌道に乗せる目論見だ。
そもそも今回の世界恐慌に対しても、国内の企業・財閥には、諮問委員会から注意が喚起されていた。
アメリカの景気が過熱している事や、海外資産は現金化を推奨する事などを、折に触れて呼びかけていたのだ。
もちろん誰もが信じてくれるはずもないが、政府は圧力を掛け続けた。
その結果、財閥や投資家も多少は用心し、恐慌による被害は抑制されていた。
もちろん我らが愛国商会も、率先してドル資産を現金化している。
そして株価が下がったところで、めぼしい企業の株を買い漁り、有用な技術や資産を手に入れていた。
さすがに外聞が悪いので、空売りとかはしていないが。
それでも愛国商会は格段に資産を増やし、それを国内の設備投資や、慈善事業に投じている。
おかげで日本はいち早く世界恐慌の影響を抜け出し、成長軌道へ復帰しつつあった。
これが史実だと、いろいろと対処を誤った結果、政府が国民の信頼を失い、軍国主義へ走るきっかけになってしまう。
そういう意味ではまた一歩、悲劇の回避へ近づけたのかもしれない。
なにはともあれ、高橋さんはお疲れさまでした。




