表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
48/59

37.恐慌に対処しよう

昭和4年(1929年)9月 皇居


 9月某日、ニューヨーク市場の株価が暴落した。

 世界大恐慌の始まりである。


 第1次大戦後のアメリカは、終戦で一時的な反動はあったものの、すぐに成長軌道へ復帰していた。

 彼の国では帰還兵が結婚して住宅ブームが発生したり、自家用車の購入者も増えていたからだ。

 さらに都市化によるインフラ整備や、欧州の復興需要もそれを支えつづける。

 それでも27年頃に需要は減少に転じたのだが、なぜか株価だけは上がり続けた。

 いわゆるバブル現象である。


 とうとうそれが弾けた結果がこの暴落で、ダウ指数は2ヶ月で最高値の半分程度になってしまった。

 それは米国の金融システムを直撃し、なんと4割もの銀行が破綻したという。

 当然ながら日本にも影響はあるのだが……


「本当に発生したのう」

「ええ、明らかにバブルでしたから」

「あらかじめ備えておいて、本当によかった」


 そんな話をしているのは昭和天皇陛下と、高橋是清たかはしこれきよ蔵相である。

 他にも西園寺公望、若槻礼次郎、松方巌(松方正義の長男)が、元老として参加している。

 かくいう高橋さんも、元老の1人である。


 ちなみに俺たちも順調に出世していて、昨年に中佐待遇となった。

 元老の関係者として、各方面で活躍してきたのだから、それも当然であろう。


 そんな中、高橋さんには、今回の世界恐慌に蔵相として対応してもらった。

 それどころか、2年前の昭和金融恐慌でも活躍していた。


 この昭和金融恐慌とは27年3月、”渡辺銀行が破綻した”、と蔵相が失言したのが発端だ。

 実態とは異なるこの発言により、渡辺銀行には顧客が殺到し、休業に追いこまれる。

 これは他の中小銀行にも飛び火して、取りつけ騒ぎと休業が続発し、台湾銀行にもそれが及んだ。

 政府は慌てて銀行の一斉休業や紙幣増刷などを行い、なんとか鎮静化に成功する。

 しかしその間に株価は20%も暴落し、40もの銀行が倒産、休業の憂き目に遭ったという。


 しかしこの世界では、その被害はだいぶ抑えられた。

 そもそも台湾銀行などが潰れかけたのは、23年の関東大震災に原因がある。

 当時、被災した企業が振り出した手形を、政府が割り引く優遇制度が実施されていたからだ。


 これは被災企業への措置としては有効だったが、震災と関係のない決済不能な手形の混入も許した。

 救済措置を悪用した、不良債権の先送りである。

 おかげで2年ぐらいで処理するはずだった不良債権が積み重なり、それが表面化して金融恐慌に至ったわけだ。


 それを知っていたので、俺たちは不良債権を減らすように動いてきた。

 まずこの日本は健全に経済成長している事に加え、正統ロシア大公国や新生清国という市場が存在するため、そもそも不良債権が少ない。


 さらには俺たちの助言で大戦中に発足した諮問委員会も、大きく役立っていた。

 これは一般から選ばれた有識者と、各省庁からの少壮官僚で構成されており、国政運営への助言を行う諮問機関である。

 そして俺たちはこの委員会を通じて、国内に警告を発していた。


 その主な内容は、”欧州大戦はもうじき終わるので、設備投資や材料手配を控えるべき”、というものだった。

 もちろん過熱した国内景気は、そう簡単に制御できるものではない。

 しかしそれなりに冷静な企業や投資家に、冷水を浴びせるのには十分だ。


 さらに奥の手として、大蔵省から台湾銀行に圧力を掛けさせる事もした。

 それは鈴木商店への融資を絞るよう指導するもので、当然、それなりの反発もあった。

 しかし国の指導には逆らえず、結果的に鈴木商店が大きな負債を抱える事を防ぐ。


 これらの処置により、27年の不良債権も史実の半分くらいで済んだのだが、とある国会議員の失言で恐慌が起きかけた。

 これが歴史の修正力というやつであろうか。


 しかし高橋蔵相がすばやく事態を収集してくれたため、その影響は軽微に済んでいた。

 さすがは日本有数の財政家だ。

 俺たちの情報があったとはいえ、その手腕には非凡なものがある。


 今回の世界恐慌においても、その手腕はいかんなく発揮されていた。

 まず日本の主力輸出品である生糸が、最大の需要国であるアメリカで売れなくなった。

 史実だとこれに金解禁(1930年)の混乱が加わって、株価や生糸価格、米価が暴落してしまう。


 これを防ぐために金解禁は凍結し、再びの国債増発で以下の公共事業を実施する。


・羽田空港の拡張

・主要港の拡張・整備

・関門トンネルの建設

・石油備蓄タンクの建設

・製鉄、発電、造船、化学、石油精製、自動車、航空機分野での設備投資促進(優遇税制、低利融資)


 これらの対処で世界恐慌の影響を打ち消し、再び成長軌道に乗せる目論見だ。


 そもそも今回の世界恐慌に対しても、国内の企業・財閥には、諮問委員会から注意が喚起されていた。

 アメリカの景気が過熱している事や、海外資産は現金化を推奨する事などを、折に触れて呼びかけていたのだ。

 もちろん誰もが信じてくれるはずもないが、政府は圧力を掛け続けた。

 その結果、財閥や投資家も多少は用心し、恐慌による被害は抑制されていた。


 もちろん我らが愛国商会も、率先してドル資産を現金化している。

 そして株価が下がったところで、めぼしい企業の株を買い漁り、有用な技術や資産を手に入れていた。

 さすがに外聞が悪いので、空売りとかはしていないが。


 それでも愛国商会は格段に資産を増やし、それを国内の設備投資や、慈善事業に投じている。

 おかげで日本はいち早く世界恐慌の影響を抜け出し、成長軌道へ復帰しつつあった。


 これが史実だと、いろいろと対処を誤った結果、政府が国民の信頼を失い、軍国主義へ走るきっかけになってしまう。

 そういう意味ではまた一歩、悲劇の回避へ近づけたのかもしれない。


 なにはともあれ、高橋さんはお疲れさまでした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ