幕間:酸素魚雷は使わないの?
【中島正三】
最近、魚雷の仕事が入ってきたんだけど、不思議に思ったから、集まった時に聞いてみた。
「あのさぁ、最近、魚雷の仕事が入ってきたんだけど」
「あ~、電動魚雷の開発な。そりゃあ、正三に頼むしかないだろ」
「え、でもさ、日本海軍は酸素魚雷を実用化したんだよね? なんでそれを使わないの?」
そしたら祐一と慎二が、顔を見合わせて、様子をうかがってる。
あ、これまた、悲しい話を聞かされるパターンだ。
やがて慎二が、気まずそうに切り出した。
「ああ、うん。まず酸素魚雷は、史実でも1933年に実用化されてるんだ」
「ふうん、ならさっさと開発すればいいじゃん」
「いや、それがな……」
なぜか言いよどむ慎二に代わり、祐一が言い切った。
「はっきり言ってやれよ。使い物にならないって」
「そ、そんな事ないって!」
「え、どゆこと?」
2人の様子に混乱していると、祐一が渋い顔で話しはじめる。
「たしかに酸素魚雷は射程距離が長いし、雷跡が残らないってメリットがある。実用化する手法だって、だいたい分かってる。だけど酸素を使うとな、ちょっとしたミスや衝撃で爆発しやすいんだ。おまけに酸素の充填も大変だったりで、現場には迷惑な兵器なんだよ」
「え、でも射程が長いってのは有利なんじゃ」
「当たればな。でも考えてもみろよ。誘導機能もない魚雷が、3万mも4万mも先の目標に、容易に当たると思うか?」
「あ~、うん……それは、難しいだろうね」
「そうなんだよ」
あれ、酸素魚雷って、日本が誇る優秀兵器じゃなかったの?
射程距離が長くても当たらないって……
あ、それなら。
「ならさ、誘導機能を付ければいいんじゃない。そうすれば長射程が活かせるでしょ」
「ん~、それはひとつの手だな。だけどそれでも、現場に危険や面倒を押しつける価値があるかっていうと、俺は疑問だな」
「え、そんなに面倒なの?」
「ああ、ちょっとした油や汚れがついてるだけで爆発するから、清掃や調整が大変だったらしい。たとえ誘導装置を付けても、それに見合う成果が得られるかどうか」
「う~ん、そう言われると、僕も自信ないかな。それだけに集中すれば、良い物ができるかもしれないけど、他にやる事も多いし」
「だろう? 俺も正三のリソースは、他に振り向けるべきだと思うんだよ」
うん、僕もそう思う。
でも日本だけが実用化できた兵器を、眠らせるのも惜しいよね。
「でも日本だけが実用化に成功したんでしょ? なんか活かす方法はないのかな?」
「いや、あれは本当に成功したと言っていいのか、微妙なとこだぞ」
「どういう事さ?」
「実はドイツやアメリカも、酸素魚雷の情報は持ってたんだ。ドイツは日本からの技術供与で、アメリカは日本の魚雷を鹵獲してな。でもどちらも酸素魚雷には見向きもせず、電動式に流れた。なんでだと思う?」
「え、それは~……」
「結局、こんな危なっかしい物、使えなかったってことだ。米独の魚雷は、もっぱら潜水艦用ってのもあると思うけどな」
「う、そう、なのかな?」
ここで助けを求めて慎二を見ると、必死に弁護しようとする。
「で、でもさ、貧乏な日本人が、知恵を振り絞った結果じゃん。それで実際に戦果も挙がってるし」
「いや、俺もそう思いたいよ。だけどさ、酸素魚雷ならではの戦果なんて、挙がってないよな?」
「ぐっ、それは……」
慎二がまた黙ったので、僕が聞く。
「え、酸素魚雷って、戦果は挙がってないの?」
「いや、無いこともない。空母ワスプを狙って、戦艦ノースカロライナに当てた話とかな。だけどそれってまぐれ当たりだし、基本的には空気式で済む話が多いんだよ。わざわざくっそ面倒で、くっそ高い酸素魚雷を使う必要性は、なかった可能性が高い」
「酸素魚雷って、そんなに高かったの?」
「ああ、一説には現代価格で1本1億円から2億円するって話だ。ちなみに自衛隊の魚雷は2千万円ぐらいな」
「マジで? なんでそんなに高いのさ?」
「さっきも言ったように、かなり危険だからな。その対策で特殊鋼から削り出したタンクや、複雑なバルブ機構なんかを組み込んでたらしい。組み立てにも相当、気を遣っただろうしな」
「うわぁ、それは高くつくかも」
やっぱり酸素魚雷は活用できないのかな?
すると祐一が、ため息をつきながら言う。
「俺さ、この魚雷を調べてみて思ったんだ。日本人の悪い癖が出てるなって」
「悪い癖って?」
「ん~、弱者なりにどうにかしようと考えて、結果的に資源や労力を浪費しちゃう感じ?」
「え~、そうかな?」
僕が納得しないでいると、彼は噛み砕くように説明しはじめた。
「今回の酸素魚雷も高性能に浮かれて、そのデメリットを軽視し過ぎてる。コストはアホみたいに高いし、メンテナンス性も生産性も極悪だ。だけど海軍は、敵艦を撃沈できるなら元が取れると思って採用した。でもこれって日露戦争以前の考え方で、総力戦には不向きな兵器だろ?」
「日露戦争以前っていうと、今ある兵器だけで戦おうとする、古い戦争って事?」
「そうだ。日本人はこういう少数精鋭が大好きだから、安易に手を出して失敗する。大和や潜水空母なんかがいい例だ。莫大な労力や資源を注ぎこんだわりに、ちゃんと活用できてない。長10センチ砲も似たようなもんかな」
その途端、四郎が話に割りこんできた。
「おい、こら、祐一。俺の長10センチ砲ちゃんに文句つけるんかい?」
「お前のじゃねえだろうが。それにいくら性能が良くても、350発で砲身交換とか、実戦兵器としてどうなんだ?」
「それは言うなや~!!」
なんか四郎が発狂したので、詳しく聞いたら。
「長10センチ砲は性能を求めすぎたせいか、砲身寿命が短いんだよ。それまでの5インチ砲の3分の1に落ちた。ちなみにアメリカ製と比べると、たったの13分の1だ」
「だから、それは言うなや~!」
あ~あ、さらにヒートアップしちゃったよ。
それにしても、日本人の悪い癖か。
たしかに身の丈に合わないことをして、いろいろ失敗してるのは事実かな。
やっぱり地道な技術力と、工業力の底上げが必要だよね。




