36.護衛艦隊を造ろう
昭和2年(1927年)3月 海軍艦政本部
潜水艦隊の強化について話してから少しすると、また艦政本部に呼び出された。
会議室に入ると、東郷元帥、伏見宮大将、平賀中将の他に、見慣れぬ人がいる。
「おう、来たな。今日は護衛総隊の話をしようと思ってな。彼がその担当になる、堀大佐だ」
「大島 祐一です。よろしくお願いします」
「後島 慎二です」
「堀 悌吉だ。君たちの噂は聞いているよ」
堀大佐は気さくに接してくれた。
堀悌吉と言えば、海軍でも有名な切れ者だ。
山本五十六の同期として有名で、将来を嘱望されていたが、史実では派閥争いに巻き込まれ、中将で予備役に回されてしまう。
「彼は条約交渉で欧州に行っていたが、君らの要望に応えるため、早めに呼び戻したんだ」
「なるほど。堀大佐が関わってくれるなら、非常に心強いですね」
すると大佐は、軽く首を振りながら笑った。
「実はまだ、正式に引き受けると決めたわけじゃない。発案者である君たちの話を聞いて、判断したいと思っている」
「分かりました。それじゃあ慎二、説明は頼むぞ」
「了解。それではこちらの資料をご覧ください」
そう言って資料を配ると、彼が説明を始める。
「え~と、まずは通商護衛の重要性について、認識してもらいたいと思います。資料の冒頭にあるのが、先の欧州大戦でUボートが挙げた戦果です」
第1次大戦中、ドイツのUボートは5千隻以上、1千万総トンを超える船を沈めたと言う。
おかげで通商路を締め上げられたイギリスは、窒息寸前にまで追い詰められた。
「5千隻に1千万総トンか。噂には聞いていたが、凄まじいものだな」
「はい。イギリスはこれに対し、護送船団方式や兵器開発で対抗しましたが、あまり捗々しい成果は得られませんでした」
「まあ、そのようだな。それで君たちは、我が国も通商路の防衛に力を入れるべきだと?」
「はい、仮に我が国がアメリカと敵対した場合、敵は躊躇なく通商破壊戦を仕掛けてくるでしょうから」
すると堀大佐は顔をしかめつつ、それに答えた。
「う~ん、考えたくもない話だが、その可能性は高いだろうね。かの国の工業力であれば、高性能な潜水艦を多数、送り出すことも可能だろう」
「ええ、イギリスと同じように、海外に資源の多くを頼る我が国にとって、存亡の危機になりかねません。ですので……」
「私にそのための備えをしろと、そう言いたいわけか」
「はい、海軍に堀大佐ありと言われるほどのお方なら、その重要性を理解し、やり遂げてもらえると考えます」
そんな後島の言葉に、大佐が口角を上げる。
「フッ、なるほど。昔から東郷閣下や伏見宮閣下が、やけに通商路の維持を訴えると思っていたが、この時のためか」
「はい、お察しのとおりです」
「ハハハ、10年前の私だったら、この話に激怒したかもしれないな。昔は艦隊決戦こそが海軍軍人の本分だと、本気で思っていたのだから。海軍大学で通商護衛の重要さを唱えているのも、このためだったんだな」
すると東郷元帥がうなずきながら、話を合わせる。
「さすが、10年に1人の逸材と言われる堀くんだな。どうだ、あまり見栄えのしない仕事だが、やってみてくれんか? 表向きは伏見宮大将が司令官だが、実務は君に任せる。もちろん俺も、後ろ盾になるぞ」
「それは実に心強いですね。分かりました。我が国を支える通商路の護衛戦力と、それを支える組織。私が作ってみせましょう」
「うむ、頼んだぞ」
よかった。
元々、元帥が言い聞かせると言っていたが、堀大佐はしっかりと通商護衛の意味を理解してくれている。
この分なら、しっかりとした組織になりそうだ。
そう安堵していると、堀大佐がこちらに向き直った。
「それで、細かいことは海軍省や軍令部とすり合わせていくとして、大まかな構想はここで聞かせてもらえるんだろうね」
「もちろんです。軍事については皆さんにお任せしますが、技術者なりの構想も描いてますので」
「うむ、そうだろうな」
「はい。それで我が国の現状ですが、大陸諸国や東南アジアからの資源輸入で成り立ってます。多少はアメリカからも買っていますが、代替は可能な状況ですね」
「ああ、そのようだね」
「つまりいざという時、我々は日本海、東シナ海、南シナ海の通商路を維持できれば、長期戦も可能になるんです」
ここで後島がアジア圏の地図を広げると、そこには主な通商路が書き込まれていた。
「なるほど。こうして見ると、かなり広範囲に渡るな」
「ええ、そうなんですが、意外に守りやすいと言える地域でもあります」
すると堀大佐の目が輝いた。
「そうか。日本海、東シナ海、南シナ海に通じる海峡を、機雷堰で封鎖すれば、俄然、守りやすくなるな」
「さすがは堀大佐。ただしこのバシー海峡は広いので、特別な監視体制が必要でしょう。しかしそれだけで我が国の通商圏は、ほぼ内海化できるという寸法です」
それができれば樺太や満州、正統ロシアや韓国から、石油や鉱物資源が安定的に輸入できる。
さらにはセレベスのニッケルや、バンカ島のスズ、ビンタン島のボーキサイト、海南島や英領マラヤ(マレーシア)の鉄鉱石、マラヤの生ゴムなども手に入る。
つまり内海化が実現すれば、アメリカの禁輸や通商破壊で締め上げられる恐れは、ほぼなくなるのだ。
「なかなかに興味深い話だ。しかし守るべき領域はあまりにも広い。中には取りこぼしも出るだろう」
「はい。そんな時のために護衛艦艇をそろえ、護送船団を組む場合もあるでしょう。護衛装備には、こんなものを考えてます」
そう言って後島が、簡単な絵と要求仕様を書いた資料を出す。
海防艦:排水量700トン前後、最大速度20ノット
水中聴音機、水中探信儀装備
兵装 5インチ両用砲、25ミリ機銃、爆雷投射機
護衛空母:排水量8千トン前後、最大速度20ノット
搭載機数 30機前後
兵装 5インチ両用砲、25ミリ機銃
水上対潜哨戒機:最大速度300km、航続距離3千km以上
電探、逆電探、磁気探知機装備
兵装 7.7ミリ機銃、爆弾250kgx2or60kgx4
「ほほう、哨戒機に護衛空母まで付けるか。しかしアメリカを相手にするなら、それぐらいは必要なのだろうな」
「ええ、やらずに後悔したくはありませんから」
「まったくだ」
その後もいくつかやり取りをすると、堀大佐が満足そうにうなずいた。
「うむ、やる事は山積みだが、これだけお膳立てされていれば、進むのも早いだろう。実にやりがいがありそうだ」
「ありがとうございます。今後、大佐の部下になる方にも、これが日本の生命線を支える重要任務である事を、理解させてもらえますか?」
「もちろんだ。護衛任務を軽んじるような奴は、性根を叩き直してやる」
そう言って大佐は、頼もし気に笑った。
これなら史実みたいな米潜の跳梁は、阻止できるかな。




