幕間:潜水艦乗りは大変だ
【後島慎二】
艦政本部からの帰り道、祐一と雑談をする。
「徳川中佐が乗り気になってくれて、良かったな」
「ああ、実務者がやる気になれば、俺たちもやりやすいからな」
「だよな~。しっかしこの時代の潜水艦乗りは、大変だったらしいじゃん。居住性とか考えられてないから。よく我慢して乗ってたもんだよな」
「いや、この時代は与えられた物を、使いこなすって考え方なんだ。だからひどい環境でも、我慢して使ってた。日本人の良い点であり、悪い点でもあるな」
「なるほどな~。そんな感じだったんだ」
俺も偉そうなことは言えないが、日本人は我慢しすぎだよな。
特にこの時代は上意下達が当然だ。
上の人に、これを使えと言われたら、黙ってそれを使いこなすしかない。
上手く使えないのは、人間の方が悪いって考えなんだろうな。
だけどこれは思考の停止でもある。
本当はもっと改善できるのに、精神論で補おうとしてしまう。
それじゃあ、アメリカには勝てないよな。
「アメリカのガトー級潜水艦とか、豪勢だったらしいじゃん」
「おう、エアコンはちゃんと機能してるし、大型冷蔵庫で食料も保存できたんだろ。シャワーも普通に使えて、コーヒーやジュースが飲み放題だったって話もあるな」
「ああ、すげえよな~。とても同時代の環境とは思えないよ」
「まあ、そこまで贅沢だったのは、アメリカぐらいなもんだけどな。ドイツのUボートも、けっこう過酷だったらしいじゃん」
「それでも日本には敵わないだろう」
「ハハハ、たぶんな」
ほんと、アメリカって凄いよな。
日本では考えられないような船内環境を、乗員に提供してたんだから。
一応、日本の潜水艦にも、フレオン(フロン)式の空調は搭載されてたらしい。
だけどまだまだ発展途上の技術だから、無いよりはマシぐらいのレベルだったそうだ。
「熱帯地方の任務だと、汗が耳の中に入ってきて、目が覚めたって聞くぜ」
「ああ、そうらしいな。無いよりマシとはいえ、空調の技術レベルが低かったんだ。ちなみにアメリカのエアコンは、結露による電気系の不具合を避けるのが、主目的だったらしいな」
「そうだとしても、しっかりした工業力がなきゃできない話だよ」
「まったくだ。そう言えば、潜水艦勤務で楽しみなのは、食事ぐらいだって言うじゃん?」
「おお、そうだよな。さすがの日本でも、食事には気を遣ってたそうじゃないか」
すると祐一が苦笑しながら言う。
「まあ、そうなんだけどさ。潜水艦って換気が悪いだろ。そこら中に油とカビの臭いが染みこんでて、すぐに食べ物に臭いが移るんだって」
「うわ、マジかよ。そう言えば、何を食っても油の臭いがするとか、なんかで読んだ覚えがあるな」
「ああ、そんな感じらしい。おまけに日本の艦は冷蔵庫とかもないだろ? 出港して1ヶ月も経つと、缶詰ばっかりになるんだって。そして缶を開けた途端に、油とカビの臭いが移るんだそうだ」
「うは、凄い世界だな」
「ああ、並の人間には耐えられないだろうよ」
やっぱり潜水艦の環境改善は急務だな。
それにしても、アメリカはどうだったんだろう。
「アメリカの潜水艦はその辺、どうだったんだろうな?」
「う~ん、異臭に悩まされたのは、そう変わらないんじゃないか? でもこまめに換気するとか、努力はしてそうだよな。日本は我慢しろ、で終わっちゃうけど」
「そんなもんかな。でも確実に日本より、いいもん食ってただろうな」
「それは間違いないな。冷蔵・冷凍機能がしっかりしてるから、けっこうな期間、ステーキや卵料理が食えたって話だ。あと、ちょくちょくアイスクリームを作って、食わせてたらしいぞ」
「すげえなぁ。そりゃ、他国の潜水艦乗りから、まるでホテルみたいだって言われるはずだわ」
「だよな。国力の差と言えばそれまでだけど、それ以上に人権意識の差もありそうだ」
「そりゃ、無関係じゃないよな」
元々、豊かな米国民からしたら、地獄のような環境でまじめに働けないよね。
でも長期間の任務では、乗員のコンディションを高く保った方が、成果は挙がりやすいはずだ。
結果的に環境改善は、良好な戦果をもたらしただろう。
ま、貧乏な日本には、どうしたって限界があっただろうけど。
「アメリカのリプレイスメント・クルーってのも、合理的だよな」
「ああ、戦闘航海から帰投したら、交代要員が修理や整備を引き受けるってやつだろ。乗員は整備中に休養できるし、交替要員は艦の運用技能を高められる。上手い仕組みだよ」
「だよな。それに比べて日本ときたら」
「日本は現場の努力で成り立ってる国だからな。今も百年後も」
「そうなんだよな~。ま、いずれ日本でも、リプレイスメント・クルーを実現させようぜ」
「おう、もちろんだ」
日本の潜水艦乗りだって、休暇が無かったわけじゃない。
だけど交代要員がいないから、数日の休暇だけでまた艦に戻らなきゃいけなかった。
しかも戦況が逼迫してくると、わずかな休暇さえ削られたって話だ。
そんなんじゃ士気も戦果も、高まるはずがない。
「しかしそれを実現するには、まだまだ日本の国力が足りないな」
「だな。史実日本では、それを全く理解しないまま、戦争をおっぱじめやがった」
「まあ、しょせん人間なんて、目の前のことにしか気が回らないからな」
「そうなんだよな~……でもこの世界には、俺たちがいる。適切に手を打っていけば、アメリカにだって負けないさ」
「勝ちすぎると、また慢心しちゃうけどな」
「ハハハ、違いない。ほんと、人間てのは度し難い生き物だな」
「それを言っても始まらないさ。出来ることをやっていこうぜ」
「そうだな」
そう、まずは目先の悲劇を回避しなくちゃな。
まだまだ先は長いけど。




