35.潜水艦を強化しよう
昭和2年(1927年)2月 海軍艦政本部
対米戦略を上奏してから、まずは海軍を動かすことにした。
「本日はお集まりいただき、ありがとうございます」
「フ、また凄いことを言いだしたと、元帥から聞いているよ」
「フハハ、何を聞かせてもらえるか、楽しみですな」
今回、集まってもらったのは、東郷元帥に伏見宮大将、平賀中将の他に、徳川武定中佐もいた。
徳川中佐といえば、日本潜水艦設計の大家として、後世に名を残す御仁である。
彼の研究のおかげで、昭和海軍には多くの優秀な潜水艦が生まれたと言われるほどだ。
そんな彼らに資料を配ってから、後島が口火を切った。
「今日、聞いていただきたいのは、今後増強すべき艦についてです。そしてその主眼はズバリ、潜水艦になります」
「はあ、潜水艦が主力になるだと?」
そう聞き返したのは、徳川中佐だけだった。
なぜなら東郷元帥らには、すでにある程度の話をしてあるからだ。
平然と聞き流した上官を見て、徳川中佐が戸惑いを見せる。
「あれ、皆さんは驚かないのですか?」
「うむ、我らはすでにいくらか聞いているからな。君もいちいち目くじらを立てず、まずは聞いてみてくれ」
「は、はあ、元帥がそうおっしゃるのであれば」
それを見た後島が、先を続ける。
「ありがとうございます。まず、今後あるべき潜水艦として、このような運用と艦種を想定しています」
【潜水艦隊 運用指針】
1.主な用途:偵察、捜索、監視、機雷敷設、通商破壊
2.敵戦闘艦への攻撃は二の次とし、生存と情報収集を第一義とする
3.優秀な乗員を養成し、その技能の維持向上に努める
4.長期の任務に耐えるため、艦内の環境改善に努める
戦闘航海からの帰港時には、十分な休養を与える仕組みを作る
【開発を目指す艦種】
1.近海航海型:千トン以下、近海のみで使用
2.遠洋航海型:2千トン前後、2万キロ以上の航続距離を持ち、長期任務に従事
3.指揮偵察型:2千トン以上、通信・索敵機能を強化し、指揮偵察に使用。航空機の搭載も検討
4.敵地攻撃型:2千トン以上、遠距離攻撃手段を持ち、敵地への攻撃を主任務とする
5.潜水空母型:3千トン前後、複数の航空機を搭載し、敵地を爆撃する
それを見た出席者が、揃って苦笑する。
「う~む、薄々聞いてはいたが、やはり驚くな」
「フハハ、潜水艦乗りに見せたら、激怒するでしょう」
「その辺は今後の教育の課題ですな」
ただし徳川中佐だけはあんぐりと口を開け、やがて平賀中将に訊ねた。
「……閣下、彼らは何者なのですか?」
「ん? 装備開発に携わる技術者だと言ったはずだが」
「それは聞いておりますが、あまりにも常識外れです」
「ハハハ、まあ、そういきり立つな。あまり知られておらんが、彼らは我が軍の装備の性能向上に、大きく貢献しておるのだぞ」
「だからと言って……」
なかなか納得のいかない中佐を横目に、東郷元帥が問いを放つ。
「やはり潜水艦は、漸減邀撃作戦には使えんか?」
「はい、敵の索敵・探知能力の向上によって、被発見率が高まり、攻撃されやすくなります。戦闘艦には手を出さず、偵察と通商破壊に徹するのが最良です」
「なるほど。たしかに国力で劣る我が国が、どんどん艦を沈められては敵わんからな。しかし艦内の環境や休養を改善するのは、本当に必要か?」
「もちろんです。潜水艦での勤務は、水上艦の何倍も過酷ですから。乗員の精神力に頼るだけでは、いざという時に力を発揮できません」
「それはそうかもしれんが、制約が大きいだけに、性能の向上には限りがあるだろう?」
すると後島が自信たっぷりに首を横に振った。
「だからこそ、金と手間を掛けるんですよ。戦闘能力だけでなく、居住性も高める事で、継戦能力を上げます。長い目で見れば、その方が得られるものは多いでしょう」
「それはまた、面倒なことを……」
海軍内での反発を予想して、元帥や大将が苦笑している。
すると徳川中佐が、真剣な顔で訊ねてきた。
「なぜそれほどまでに、乗員を優遇する? 潜水艦乗りが苦しいのは、彼らも心得ているはずだ」
「言い方は悪いですが、乗員こそが最も高性能な部品になり得るんです。しかし長期任務で疲弊しては、その能力を発揮できません。艦の性能を保つのは、船乗りとして常識ですよね。ならばなぜ、乗員にも配慮しないのですか?」
「それは……そうか。そういうことか……」
中佐はそのまま元帥に向き直り、熱く語った。
「元帥、私が間違っていました。潜水艦こそが、最も乗員の環境に配慮するべき船だったんです。ぜひ、私にその検討をさせてください!」
「うおっ、急にどうした?」
「私も以前から、乗員の愚痴はさんざん聞かされてきました。しかし今までは性能のため、お国のためと、諦めてきたんです」
そこで中佐は資料を掲げながら言う。
「それでも潜水艦には、さらなる可能性があります。これだけの事ができるなら、やる価値があるでしょう?」
「う、うむ、そうだな。どうせやるつもりだったのだ。君がやる気になってくれれば、円滑に進むだろう」
「はい、お任せください。後島さん、大島さん、以後はよろしくお願いします」
「ええ、こちらこそ」
「よろしくお願いします」
徳川中佐が予想以上にやる気になってくれ、説得の手間が省けた。
その後も彼は、鼻息も荒く質問する。
「これからどんどん、潜水艦を増やすんですか?」
「いえ、あまり派手にやると、また軍縮条約で制限される可能性があります。なので当面は数を抑えつつ、技術開発を進めます」
「ああ、たしかに。そのうえで生産性を高め、いざという時は、ですね?」
「ええ、そのとおりです。乗員の育成も課題ですね」
「そうですね。やる事はいくらでもある」
やる気を見せる徳川中佐に、元帥や大将は苦笑している。
しかし中佐をあっさりと味方にできたのは大きい。
この分なら、潜水艦の強化は上手くいきそうだ。




