幕間:謀略課の胎動
【川島健吾】
対米戦へ向けての戦略を奏上すると、がぜん忙しくなった。
なぜならアメリカやソ連との敵対に備え、大本営に情報部が設立されたからだ。
これは陸軍、海軍、外務省に存在していた情報部門を、大本営直轄として統合するものだ。
史実では各組織がバラバラに動いて情報が共有できなかったため、軍事にも外交にも齟齬を来した。
それらを是正するため、情報を一元的に管理するのが最大の目的だ。
当然、人員は各組織からの出向となる。
それだと陸海外の3派に別れていがみ合いそうだが、そんな事はさせない。
地域別に混ぜ合わせて、一緒に働かざるを得ないようにした。
ちなみに我らが愛国商会も、各国の支店から集めた情報を提供するといった体裁で、情報部への出入りを許されている。
そんな情報部の組織構成は、こんなものだ。
第1課:北中米担当
第2課:ソ連担当
第3課:アジア担当
第4課:欧州担当
第5課:中東担当
第6課:南米・アフリカ担当
第7課:オセアニア担当
第8課:謀略担当
第9課:通信・暗号担当
第10課:広報担当
1から7課までは、各地域の情報を収集・分析するのが仕事だ。
9課は通信関係を担当し、暗号の解読や研究もする。
10課は軍の窓口として働き、いわゆる大本営発表もここから出す形になる。
そして最も優秀な人材が集まるのが、第8課である謀略課だった。
この部署は各地域の情報に基づき、必要な場所で謀略や撹乱工作を行う部署だ。
故に優秀で素質のある人材を集めている。
それは同時に、非常に癖が強くて面倒くさい連中が集まることを意味していた。
そしてその中心になるであろうと目されているのが、彼だった。
「ご無沙汰してます。石原少佐」
「おお、川島さんじゃないか。報告書の提出かな」
「はい、今月の分をお持ちしました」
「そうかい。ちょうど時間があるから、話を聞かせてもらおう」
「それは恐縮です」
こうして俺と少佐は、会議室に入った。
少佐は着席すると懐から飴玉を取り出し、口に放りこんで話しはじめる。
「いや~、やるとは聞いていたけど、本当に情報部を実現しちゃうとはね~」
「あれ、私の話、疑ってたんですか?」
「ん~、なんていうか、少しふかしてるぐらいには思ってたかな」
「ハハハ、ひどいですね。こちらは至って本気だったのに」
「ハハハ、ごめんごめん。でもこれで川島さんの本気度は分かったからね。僕も積極的に協力するよ」
そう言ってニヤニヤ笑うのは、石原莞爾。
陸軍の異端児と呼ばれ、満州事変を引き起こした男の1人だ。
その頭脳に注目していた俺は、10年ほど前から接触を持ち、それなりに交友を深めてきた。
その過程で俺が元老に連なる身であり、日本のために情報を集めていることも明かしてある。
それどころか、日本がアメリカやソ連と敵対する可能性についても話していた。
石原莞爾といえば、”世界最終戦論”の提唱者だ。
この話には強い興味を見せて、しばしば語り合ってきた。
そしていずれ大本営に情報部が設立されるから、協力して欲しいと伝えていたわけだ。
こうして根回しをしたうえで、彼を謀略課に引っ張った。
今はまだ1人の課員にすぎないが、いずれは謀略課をまとめさせたいと考えている。
偏屈な男だが、この仕事にはピッタリだろう。
史実で彼は、満州事変を起こしたものの、軍主流からは弾かれた。
永田鉄山には認められていたようだが、鉄山は暗殺され、代わりに東條英機が台頭する。
石原は東條のことを、”上等兵”と言って馬鹿にするような男だ。
折り合いが悪くて当然だろう。
結局、彼は太平洋戦争前に予備役へ編入され、戦局とは無関係に過ごす。
その才能は惜しまれるところだが、人付き合いの下手な彼が、戦局を覆すことはなかっただろう。
そんな彼が飴を口の中で転がしながら、笑みを浮かべる。
「いや~、これからどうなるか、楽しみだねえ」
「フフフ、楽しいかどうかは別にして、忙しくなるでしょうね」
「そうそう。世界中の情報を精査して、我が国の進路を見極めねばならないからね。今後も川島さんには、期待してますよ」
「ええ、お国のため、できることはさせてもらいますよ。少佐の方こそ、謀略課を引っ張っていってください」
「ええ、僕にできる範囲でね」
そう言って笑う彼は、まるで新しいおもちゃを与えられた子供のようだった。
さてさて、この男の登用は、吉と出るか凶と出るか?
扱いにくい人物ではあるが、はまればでかいだろう。
願わくば、大日本帝国の諜報組織を、世界に伍する存在にしたいものだな。




