34.戦略共有とトランジスタ
昭和2年(1927年)1月中旬 皇居
俺たちが正月早々に話し合った内容を、協力者にも共有してもらうことにした。
半月ほどで日程を調整し、俺と川島が皇居へ赴く。
「今日はお集まりいただき、ありがとうございます」
「何、君らと話をするのは、私の楽しみとするところだ。もっと頻繁に来てくれてもよいのだぞ」
「まことに光栄なお話ですが、やらねばならない事が山積しております。参内の頻度についてはご容赦ください」
「まあ、そうだろうな。それで今日は、我が国の取るべき戦略についてと聞いているが」
「はい、まずはこちらをご覧ください」
そう言って川島が資料を配る。
ちなみにここにいるのは天皇陛下に元老の一部と、海軍の東郷元帥、陸軍の閑院宮元帥だ。
川島がまた日露戦争を例に取りながら、対米戦の戦略プランを説明する。
1.長期戦を覚悟し、序盤は敵をマリアナ近海へ引き寄せて出血を強いる
十分に敵戦力が削れた場合は、ハワイや西海岸への攻撃も考慮する
2.アメリカ本土で情報を操作し、厭戦論や抗議行動を誘発する
必要に応じ軍事的攻撃や破壊工作を実施し、国民の不安をあおる
これらによって講和に応じる兆候があれば、すみやかに講和を進める
3.アメリカの輸送を妨害するため、潜水艦による通商破壊を重点的に実施する
逆に日本海、南シナ海、東シナ海を内海化し、味方側通商路の維持に力を注ぐ
4.原爆開発のキーマンをアメリカから遠ざけ、開発を妨害する
場合によっては荒事も厭わず、国内でも原爆の開発を進める
ひと通りの説明が終わると、閑院宮元帥が感慨深げにつぶやいた。
「なるほど。私は前線で戦っただけだが、川上閣下や児玉閣下は、これほどの戦略を描いていたのだな」
「ええ、だからこそ勝利の女神が微笑んだのです」
「まったくだ」
すると東郷元帥も、思い出すような目で言った。
「大国ロシアに音を上げさせるには、これぐらいやらねばならなかったという事か」
「ええ、そのとおりです」
「しかしアメリカが相手では、ずいぶんと変わるようだ。やはり短期決戦は、望めんか?」
「はい、今あるだけの武器で戦うような戦争は、すでに過去のものとなりました。今は前線で殴り合いながら、後方で兵器を作り続ける総力戦の時代です。よほどの戦力差があれば別かもしれませんが、格上のアメリカには到底、望めません」
「それもそうか……」
東郷元帥がため息をつきながら認めると、閑院宮元帥が問う。
「やはり内部撹乱や通商破壊は避けられんか。しかしそういう裏技を嫌う者も多かろう」
「はい、しかしそのような方は重用せず、中枢から遠ざけておけばいいかと。でなければ国土が焼かれ、国民が犠牲になってしまいます」
「それを理解する者が多ければ、苦労はないのだがな。私とて、以前から君らの話を聞いていなければ、とても信じられなかっただろう」
「お気持ちは分かりますが、国家の存亡に関わる話です。軍上層部の育成には、ぜひお力添えをお願いします」
「うむ、分かった」
ここでまた東郷元帥が口をはさむ。
「ここであえて名前を出すほど、潜水艦を重視せねばならんか?」
「はい、もちろん戦艦や空母などの正面装備も必要ですが、潜水艦隊の強化は必須です。なぜなら味方の犠牲を抑えながら、敵に出血を強いるには、これしかないからです」
「それは……たしかにそうだろうな。しかしこれも軍内で反発が強まりそうだ」
「そうならないよう、潜水艦隊の地位を上げていくしかありませんね。通商路を守る護衛艦隊も同様です」
「う~む、先が思いやられるな……」
元帥が黙ってしばし沈黙が流れると、やがて陛下が口を開いた。
「それで、この原子爆弾についてだが、本気なのだな?」
「……はい、それは避けて通れないかと」
「たしかに、瞬時に数万人の命を奪う兵器など、敵に使わせたくはないな。そして我が国も抑止力として、それを持たねばならんか」
「はい。国民が勘違いしないよう、情報の取扱いは厳重にしなければなりませんが」
「うむ、そうだな」
さすが、10年以上も前から話し合ってきただけあって、陛下の理解は早い。
俺はそれに安堵しながら、腹案を披露する。
「アメリカでは1942から開発に取り掛かり、45年に完成させています。まずはこの動きを遅らせる一方で、我が国も開発を進めます。材料を集めつつ、水面下で理論開発を進め、核分裂の発見が公になってから、一気に開発を進めるような形になるでしょう」
「これは軍からも人は出しますが、内閣の直轄にせざるを得ませんな」
「そうでないと、暴走する馬鹿が出てくるかもしれんからな」
「うむ、そうであろうな」
閑院宮元帥と東郷元帥の言葉を陛下も認め、俺と川島もほっと胸をなで下ろす。
ここまで理解してくれているなら、なんとかなりそうだ。
その後、いくつかやり取りをしてから、俺たちは皇居を辞した。
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昭和2年(1927年)2月 東京砲兵工廠
重要な会議を終えてしばらくすると、中島から招集が掛かった。
皆が集まると、彼が誇らしげに胸を張る。
「トランジスタの開発に成功しました~」
「マジかよ……」
「すげえじゃん」
「さすが、正三や」
「よ~し、これでまたコンピューターに一歩、近づいたな」
その報告に、皆が我が事のように喜ぶ。
俺たちは日々、国力の底上げに邁進しているが、その肝となるのが半導体、そしてコンピューターの実用化だ。
そこでまずは高純度の単結晶を得やすいゲルマニウムに的を絞り、研究を進めていた。
そしてこの度めでたく、点接触型のトランジスタが実現したという。
まだまだ研究室レベルだが、それは史実を20年も先取りするものだ。
当然、外には出せないので、厳重に秘匿している。
東京砲兵工廠の奥深くで、人員を限定し、ひっそりと研究されているのだ。
基本的にその成果は秘密特許とし、国内だけで使用することになるだろう。
その一方で、真空管などの開発も、怠ってはいなかった。
真空管はフレミングが1904年に発明して以来、徐々に高性能化が進んでいった。
しかし消費電力や発熱は大きいし、その寿命も短い。
小型化や耐震性にも難があるため、トランジスタの実用化にともなって、一部を除いて置き換わる運命だ。
しかしこの時代では、真空管こそが最先端の電子素子であり、その技術力は国運を左右する。
そこで政府も重点開発分野に指定し、開発に取り組んでいた。
もちろん民間の電気企業には、愛国商会がガンガン出資して開発を促している。
おかげで日本の電気・電子技術は、史実よりも格段に高い。
ちなみに俺たちが使っていたパソコンやスマホだが、次々と寿命を迎えている。
いかに大事に使おうと、経年劣化には勝てないからだ。
ひとつ、またひとつと動かなくなり、22年後の今では、パソコンが2台稼働するのみ。
それも中島が部品を使いまわして、必死に修理してきた結果だ。
いずれは全て使えなくなるので、めぼしいデータの書き出しも進めてあった。
金属や化学材料の組成など、覚えきれない情報も多いからだ。
それらは日本の工業力の発展にともない、徐々に展開されている。
そんな状況に、最も歯がゆい思いをしてきたのが川島だ。
情報工学出身の彼は、膨大なデータと様々な技術で、情報をコントロールしていた。
そんな川島にとって、パソコンの使えない日々は、さぞ味気なかっただろう。
そのため今回のニュースには、人一倍、喜色を露わにしている。
「この調子で、早くコンピューター作ってくれよ、正三」
「無茶いわないでって。21世紀並みのモノを作るには、数十年は掛かるよ」
「それじゃあ、もっと原始的なのでいいから」
「はいはい」
そんなやり取りの後、川島がやる気を見せる。
「さて、コンピューターにも目処がつきそうだから、気合い入れてくか」
「おいおい、あまり速く走っても、周りがついていかないぜ」
すかさず後島がブレーキを掛けているが、それも道理だろう。
もっと日本の工業力を底上げして、軍人や政治家の意識も変えなければならないのだから。
それでも俺はあえて、川島の話に乗った。
「ま、面倒事も多いだろうが、みんなで助け合っていこうぜ。俺たちはそのために、過去へ送られたんだろうからな」
「せやな。太平洋戦争の悲劇を吹きとばせいうて、跳ばされたんや」
「フフフ、それってちょっと詩的だね。悲劇を吹き飛ばす、未来からの風、か」
「ああ、ちょっとかっこいいな。そうか、俺たちは風か」
「なるほどな。だけど相手はアメリカだ。気合いを入れていかないとな」
「「「おお~~」」」
こうして俺たちは改めて、昭和の初めに覚悟を固めていた。




