32.新生日本の大戦略
昭和編の始まりです。
昭和2年(1927年)1月 東京砲兵工廠
昨年末に大正天皇が崩御し、時代は昭和に変わった。
史実では後15年ほどで、日本は無謀な戦争へ突入してしまう。
そうはさせないよう戦略を練るべく、俺たちは砲兵工廠に集まった。
皆を集めた川島が、口火を切る。
「正月から集まってもらって、悪いな。だが昭和になった今だからこそ、改めて戦略を練るべきだと思ったんだ」
「おお、俺もそれは必要だと思うぞ」
「せやな。ちょうどええタイミングとちゃう?」
「そうだね」
「うん、賛成賛成」
皆が賛成するのを受け、川島が書類を配る。
「ありがとう。とりあえず俺の方で、日露戦争を参考にした叩き台を作ってみた」
そう言って川島は、概要を説明しはじめる。
まず日露戦争での戦略プランは、こんなものだった。
1.長期戦では勝ち目がないので先手必勝、短期決戦を目指す
6対4ぐらいの勝ちを得たら、早期に講和する
2.大国であるロシアに対し、満州やシベリアで勝っても効果は薄い
心臓部のヨーロッパ・ロシアを攪乱して、ロシアに2正面作戦を強いる
3.シベリア鉄道での輸送を妨害するため、ゲリラ部隊(満州義軍)を組織して攻撃する
4.日英同盟を頼りに、英諜報網から対露情報を得て、作戦に役立てる
これは1899年まで参謀総長だった川上操六大将が構築し、児玉大将に引き継がれた戦略プランだ。
川上らは日清戦争後の三国干渉に危機感を覚え、これらの戦略を編み出した。
その戦略を実現するため、多大な労力を払って、諜報網を築き上げたのだ。
これに大きく貢献した1人が、明石元二郎だ。
彼は川上らの指示で欧州へ赴き、情報を集めつつ人脈を築き、見事に撹乱工作を成功させてみせた。
”その働きは20万人の将兵に匹敵する”と、ドイツ皇帝に言わしめたと聞く。
そんな大物を川島は10年以上前に口説き、仲間に引き入れていた。
そればかりか、やはり諜報戦のプロだった福島安正大将をも巻き込み、日露戦争の戦訓や諜報戦のノウハウを書面化した。
のみならず、諜報人材を育成するシステムも、小規模ながら構築しているという。
「なるほどな。一見、幸運に恵まれたように見える日露戦争も、これだけの準備をした結果だったんだ」
「そうだ。これだけの準備と努力をしたからこそ、勝利の女神が微笑んだわけさ」
「ほんと、そうだね。これに比べると昭和の指導者って、何も考えてなかったに近いんじゃない?」
「アハハ、それは否定できないな」
「ほんまや」
中島の指摘はもっともだ。
太平洋戦争での作戦なんて、どれも希望的観測に頼った、行き当たりばったりの戦術に過ぎない。
組織的な後方撹乱や、インフラの破壊、綿密な情報収集などを、甚だしく軽視していた。
逆に敵のアメリカ軍は、徹底的に通商路や都市を攻撃し、執拗に情報を求めてもいた。
国力で格段に優れるアメリカにそれをされたら、到底勝てるばずがない。
なぜ昭和の指導者は、日露戦争のような努力ができなかったのだろうか?
なまじ日清・日露戦争で勝てたため、慢心していたと言うほかない。
「逆に言えば、それなりの準備を整えておけば、十分にアメリカに勝つ可能性はあるって事だ」
「ああ、そうだな。それで太平洋戦争にこれを当てはめると?」
「あくまで叩き台だが、俺はこう考えてる」
そう言って川島が示したのは、以下の方針だ。
1.長期戦を覚悟し、序盤は敵をマリアナ近海へ引き寄せて出血を強いる
十分に敵戦力が削れた場合は、ハワイや西海岸への攻撃も考慮する
2.アメリカ本土で情報を操作し、厭戦論や抗議行動を誘発する
必要に応じ軍事的攻撃や破壊工作を実施し、国民の不安をあおる
これらによって講和に応じる兆候があれば、すみやかに講和を進める
3.アメリカの輸送を妨害するため、潜水艦による通商破壊を重点的に実施する
逆に日本海、南シナ海、東シナ海を内海化し、味方側通商路の維持に力を注ぐ
4.原爆開発のキーマンをアメリカから遠ざけ、開発を妨害する
場合によっては荒事も厭わず、国内でも原爆の開発を進める
それを聞いた後島と中島は息を呑み、抗議の声を上げる。
「荒事って、暗殺とかするのか?」
「それはちょっと、非情すぎるんじゃない?」
その一方で俺と佐島は、その方針を支持した。
「いや、あの国を相手にするんだ。それぐらい当然だろう」
「せや、平然と日本中の都市を焼き払って、原爆を落とすような国やで」
「いや、だからって……」
そこへ川島が割って入る。
「まあまあ、今ここで道徳論を交わすのは、なしにしようぜ。まずは必要かどうか、そして可能かどうかを考えて、判断したいと思ってる」
「そうだな。健吾だって好きで言ってるわけじゃなし」
「ああ、うん、そうだな。まずは日本を救うのが最優先だ。後のことは、また考えようぜ、正三」
「う、うん……」
そんな微妙な空気が漂う中、後島が話を引き戻す。
「この中で俺たちが力になれるのって、まず潜水艦かな」
「ああ、”○碧の艦隊”みたいな、凄い潜水艦が欲しいな」
「”○碧の艦隊”とか、無茶いうなよ。けっこうなトンデモ兵器だぜ、あれ」
「いやいや、お前たちの技術があれば、なんとかなるだろう」
なぜかノリノリの川島が煽るが、後島は渋い顔で反対する。
「無理だって。ヴァルター機関とか使ってるんだぜ、あれ。そんなの現実的じゃないよ。なあ? 祐一」
「ああ、戦後に実用化されてないことからしても、メリットよりデメリットの方がでかいんだろう。地道にディーゼルエンジンやバッテリーを改良するのが、一番だと思うぞ」
「ふ~ん、そんなもんか。まあ、高性能な艦ができるなら、どっちでもいいけどな」
つまらなそうな川島が、別の要求を持ちだす。
「それから米本土への攻撃方法も、考えて欲しい。本土に脅威を与えない限り、講和の可能性は低いからな」
「それはそうだろうな。現実に攻撃した例としては、潜水艦の艦載機からの爆撃と、風船爆弾だっけ?」
「ああ、どれも大した成果は上がってない」
史実では伊25潜から発進した艦載機が、カリフォルニアやオレゴンの森林に爆弾を落としたという。
また1944年末から翌年4月まで、風船爆弾をジェット気流に乗せて、米本土爆撃を試みた。
その10%前後がアメリカまで飛来し、数十件の騒動を引き起こしたと言うが、いずれも軽微な損害を与えたに過ぎない。
結局、アメリカ当局に隠蔽されたのもあって、米本土に脅威を与えるには至らなかった。
「史実では富嶽みたいな爆撃機も検討したけど、現実的じゃないよな。そうするとやっぱり、潜水艦搭載機からの爆撃か」
「いや、それは搭乗員の危険が大きすぎるだろう。それぐらいなら潜水艦からミサイルを発射して、すぐに逃げるとかどうだ?」
「ああ、それは現実的だな。どんなものができるか、検討してみようぜ」
「オーケー。さすがに小説ほどではないにしても、恐怖の潜水艦隊ができそうだな」
これは検討のしがいがありそうだ。




