幕間:零戦ってどうなの?
【中島正三】
所沢で新型飛行機を見学した帰り、気になっていた事を聞いてみた。
「あのさ、前から気になってたんだけど、零戦って実際のところ、どうなの?」
すると祐一と慎二が顔を見合わせ、どこか言いにくそうに答える。
「ん~、どうって、そりゃ……」
「……日本にとっては画期的だったけど、世界レベルで見れば2流の戦闘機じゃないか?」
「え、2流なの? デビュー当時は、世界最強だったんじゃない?」
「いや、デビューしてしばらくは、世代の古い旧型機が相手だったから」
「そうそう。ポリカルポフIー15やIー16とか、カーチスP-40とかな。そういうの相手には、けっこう無双できたらしい。最初は相手も格闘戦に付き合ってくれたしな」
あれ、そうなの?
なんか2人とも、ずいぶんと否定的だなぁ。
「それじゃあ、アメリカのF4Fとかは?」
「ワイルドキャット相手なら、ほぼ互角かな。最初は有利だったかもしれないけど、弱点が知られてからは、むしろ押されてただろう」
「ああ、零戦は高空性能や急降下性能が弱いからな」
「そうそう。ロール性能も悪いから、”零戦に後ろにつかれたら、急降下して高速域で旋回しろ”、ってアメリカでは言われてたらしいぞ」
いろいろ言われて、混乱してきた。
「ちょっと待ってよ。零戦の格闘性能は、最強レベルだったんじゃないの?」
「いや~、それがなぁ。たしかに低速ではよく曲がったらしいけど、高速ではキツかったらしいぞ。時速460kmぐらいだと、もう片手で操縦桿が動かせないんだって」
「らしいな。相手が鈍足ならそれでもいいけど、高速機には太刀打ちできないだろう。弱点が知られると、格闘戦にも付き合ってくれなくなるし」
ええっ、一般に言われてる事と、違うじゃん。
「で、でも、航続距離は飛び抜けてたんだよね?」
「これがまた、そうでもないんだ。たしかに陸軍機に比べれば優れてたけど、アメリカの艦載機はもっと長いんだな」
「え、どれぐらい?」
「一般に言われてる零戦の航続距離は、初期の21型で2222kmだ」
「うん、それで米軍機は?」
「F4Fが2千km強で、F4UコルセアやF6Fヘルキャットは2400kmを超える。これは全て、機内に積める燃料での比較な」
「え、F4F以外には負けてるじゃん」
「そうなんだよ。しかも米軍で零戦をテストした結果を見ると、日本の額面値より1割ぐらい低いんだよな。つまりF4Fにすら負けてた可能性がある」
「ええ~」
零戦は世界に誇れる航続距離を持つんじゃなかったの?
そう言えばさっき、ロール性能がなんとか言ってたな。
「さっき言ってた、ロール性能って何?」
「あ、それ聞いちゃう? ますますショック受けるよ」
「いいから、聞かせて!」
「お、おう。まずロールってのはな、進行方向を軸にして、その場でクルンと回転させる機動のことだ」
「ああ、こんな風に機体を回す機動ね」
僕が手をひねると、祐一もうなずく。
「そう。戦闘機にとっては、全ての機動の元になる重要な要素だ。でな、ある一定の力で操縦桿を倒し続けた場合、零戦32型は1秒に40度回転するんだ。これは時速483kmでの性能」
「ふうん、米軍機は?」
「F4Fが66度で、F6Fが68度だな。P51なんて94度もいくぞ」
「ええっ、全然ちがうじゃん!」
「そう、ぶっちぎりの低性能だ。イギリスのタイフーン先生と並んで、世界最悪レベルと言われている」
「らしいな。この数字を見ると、本当に零戦の格闘性能が良かったのか、疑問になるんだけど」
「う~ん、あくまで低速では、操縦しやすかったんじゃないかな。322kmなら80度まで改善するし。これはP51にも勝る性能だけど、格闘戦に付き合ってくれなきゃ意味がない。ちなみに547kmだと33度まで落ちるぞ。米軍機は60度以上あるのに」
な、なんだって~!
やっぱり零戦は、高速時の機動性が悪いってことなの?
僕がショックを受けていると、慎二がさらに指摘する。
「零戦は生産性も悪いからな~。構造材の肉抜きをしたり、沈頭鋲を使ったりしてるから、生産工数が多いんだよな。アメリカのP51に比べると、3倍以上あるらしいぞ」
「ああ、それな。凝った造りで高性能を狙う、日本らしいやり方だよ。結局、生産性が悪いからコストは上がるし、いざという時に数が作れない」
「アメリカと戦争しようっていうのに、そういうとこの想像力が働かないんだよな~」
「ま、人間なんてそんなもんだろ」
僕が呆然としてる間に、どんどんダメ出しされてく。
とうとう耐えられずに、大声を上げてしまった。
「じゃあ、なんで世間では、零戦は名機って言われてるのさ?!」
「ん~、たぶん発端は、海軍航空の関係者による宣伝活動だな。戦後に設計者の堀越さんと、元海軍士官の共著で、”零戦”っていう本が出たろ?」
「うん、有名な本だね」
「あれが出てから関係者が集まってきて、”こんなに凄い戦闘機だったんだ~”、って言い合ったんだよ。戦争には負けたけど、俺たちにはこんな名機があったんだ、と思いたかったんだろうな」
「そうそう。それに海軍以外の日本人も乗った結果が、今の評判だろう?」
「たぶんな。実際に曽根さんていう設計者の1人が、”零戦は使い物になるものができたという認識だったのに、そんなにいいものをつくったのかなぁ?”、って不思議がってたらしいから」
うわ、まるで他人事のように言ってるよ。
自分だって日本人のくせに。
でも、そうか。
「結局、零戦なんて大した戦闘機じゃないんだね」
「いや、それは違うぞ。当時の日本の工業力で、あれだけの戦闘機を作ったのは、世界に誇れることだと思う。アメリカだって驚いてたのは間違いないんだ」
「でも、あくまで日本にしては、ってことだよね」
「お前は何を勘違いしてるんだ。日本はほんの70年前まで、鎖国してたような国だぞ。それが必死に努力して、世界を驚かすような飛行機を作った。そこは認めておこうぜ」
「……そうか、そうだね。実際に活躍したわけだし」
「そうそう。その辺は当時の搭乗者が、凄かったんだろうな」
「だな。でもこの世界では、機体も一流にしてやろうぜ」
「おう、やってやるぜ」
フフフ、なんだかんだ言って、祐一たちも零戦のこと、好きなんじゃない。
この世界では本当の名機に、なれるといいね。




