表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/59

25.自動車産業の今

大正9年(1920)6月1日 東京砲兵工廠


「「「かんぱ~い!」」」


 その日、俺たちは砲兵工廠の一角で乾杯をしていた。

 何のための乾杯かといえば、俺たちがタイムスリップして15周年のお祝いだ。

 それぞれ酒を飲み干すと、思い出を語りはじめる。


「いや~、気がつけばもう15年か。あっという間だったな」

「だよな~。やりたいことばっかりで、忙しかったし」

「ほんとほんと。大変だったけど、充実はしてたかな~」

「せや。歴史を改変するっちゅうんは、なんかこう、たまらん満足感があるな」

「おまけに結婚もできたし」

「「「だよな~」」」


 実は俺たち、大戦さなかの1915年に、まとめて結婚させられていた。

 過去にきて10年経ち、それなりに信頼を得たことに加え、体制に取りこもうという狙いもあったのだろう。

 相手は全て元老と縁のあるお嬢さんで、まあ美人といっていい人ばかりだ。


 俺たちが国の重要な役目を担っている事は、あらかじめ言い含められていたのだろう。

 それなりによく尽くしてくれるので、まあまあ上手くいっている。

 ていうか、俺なんかはベタ惚れだな。


 だってかわいいんだもん。

 嫁さんにとっても、現代感覚で接する俺の態度は好ましいようで、相思相愛の仲だ(と思う)。

 かくしてそれぞれに所帯を持った今は、自宅からの通いになっている。


「それにしても、日本は成長したよな? こんなに上手くいくとは思わなかったぐらいだ」

「そりゃあ、歴史を知っていて、未来の知識もあればこんなもんだろ」

「まあ、そうだね。電気産業も大戦中に大きく成長したし」

「化学産業もや。ここまでくれば、いろいろとやれるやろう」


 すると1人だけ畑の違う川島が、愚痴をこぼす。


「みんなはいいよな。俺なんかコンピューターが発明されない限り、腕の振るいようがないんだぜ」

「そんなこと言って、ぎょうさん稼いどるやないか」

「まあな。それが最大の慰めってやつだ」


 それを聞いた中島が、俺に振ってくる。


「そういう意味では、祐一の成果もいまいちなのかな?」

「まあ、そうだな。なにしろ自動車を買えるような層が、まだ日本では育ってないから」

「ああ、そういうことね」


 俺たちの介入で自動車保有台数は、すでに史実の5割増しになっている。

 しかしその多くが輸入車で、国内メーカーはあまり育っていないのが実情だ。

 一応、東京自動車製作所や国末自動車製作所、快進社自動車製作所、宮田製作所などでは、ほぼ国産のクルマを作っている。

 しかしその販売は思うように伸びず、すでに国末と宮田は撤退していた。


 他にも三菱造船、石川島造船、実用自動車、東京瓦斯電気工業などの大手が参入しているが、どこも業績は振るわない。

 なにしろ自動車は、現代価値に直せば数千万円もするシロモノだ。

 それがもっと売れるには、大量生産で価格を下げたうえで、それなりに収入のある中流層が増えねばならない。

 あいにくと日本はまだ、中流層がぜんぜん足りていないのが実情だ。


 それでも国内メーカーを育成するため、いろいろと手を打ってきた。

 可能な範囲で助言を与えるだけでなく、愛国商会から多少の資金援助も引き出している。

 さらにこの大戦中には、行政を動かすことにも成功していた。


「今回の戦争で、改めて自動車が見直されたんだ。おかげで農商務省も動いてくれてる」

「ああ、そうみたいだな」


 今大戦では山東への出兵から始まり、欧州の戦線でもトラックが活躍した。

 馬とは比較にならない輸送力を示したし、また欧州での普及状況も認識されている。

 おかげで1915年頃から、国産車製造の奨励政策が検討された。

 そして1916年に実施されたのが、以下の政策だ。


・官公庁などの自動車は、できるだけ国産車を採用する

・自動車生産者や部品業者には、低利の融資や税制優遇を実施する

・輸入完成車には100%の関税を課す

・原材料の関税はゼロとし、加工品は等級を定めて関税を課す

 (エンジンは60%、点火プラグは20%など)


 これらの政策は、史実で快進社の橋本増次郎などが提案していたものの、採用されることはなかった。

 当時の官僚には、その必要性を理解できる者がいなかったからだ。

 実際に政府が国産車の保護に動き出すのは1936年なので、この世界では20年も前倒しされている。


 これによって海外からの輸入にブレーキが掛かり、国産車の比率が増えていた。

 史実で9割以上もあった輸入車シェアが、7割ほどになっているのだ。

 この調子でいけば、国内メーカーの成長は大きく加速するかもしれない。

 そしてそれは、日本を真の強国に押し上げる、大きな力となるだろう。

 まだまだ、やることはたくさんある。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ