表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/58

幕間:スパイマスターの勧誘

【川島健吾】


 明治に飛ばされてから、早くも10年が経った。

 その間、俺たちは未来の悲劇を避けるべく、いろいろと取り組んできた。

 おかげで国内は好景気に沸き、国力も着実に高まっている。


 しかしそれはハード面に偏っており、ソフト面はまだまだだ。

 特に過酷な国際関係を生き抜くための、諜報力が育っていない。

 一応、俺なりに商会を立ち上げて、金を稼ぎながら諜報組織の構築を目指してきた。


 おかげで資金には目処がついてきたものの、諜報組織はまだまだだ。

 そこで俺は、思いきって先達を頼ることにした。


「初めまして。川島健吾と申します」

明石元二郎あかしもとじろうだ。今日はどんな話が聞けるか、期待しているよ」

「おや、明石くんは川島くんを知っておったんかの?」

「ええ、面白いことをする青年がいると、噂で聞きまして」

「ほうか、それなら話が早そうじゃ」


 都内のある料亭で、俺は明石中将と会談をもった。

 仲介役として、大山元帥にも同席してもらっている。


「さすがは明石中将。耳が良いですね」

「フフ、まあ、体に染み付いた癖みたいなものさ」

「なるほど」


 それから酒を酌み交わしつつ世間話をしていると、やがて中将から問われた。


「それで川島くん、君は何をしようとしているのかね?」

「……端的に言えば、我が国の諜報能力を高めたいと思っています」

「ほう、どこかと戦争になるのかな?」

「いえ、現状はそれほど切羽詰まってはいません。しかしロシアに匹敵する脅威が、いずれ現れる可能性はあります」

「フフ、そうだな。その時になって慌てるよりは、よほどいい」

「ええ、日露戦争前に、川上大将がやられていたような事は、今後も必要でしょう」

「おう、よく分かっとるな」


 俺の返しに、中将は上機嫌で応じる。

 そこで俺は切り札のノートパソコンを卓上に出した。


「何かね? これは」

「これはパソコンと言いまして、今からする話を補足するものです」

「ほう、それは楽しみだな」


 いまだ余裕の中将に、俺は素性を明かしはじめた。

 最初は笑って聞いていた彼も、次第に余裕を失っていく。

 そして30年後に300万人の国民が犠牲になるくだりで、喘ぎ声を上げた。


「ウウッ、それは、それは本当に起こるのか?」

「はい、多少は変わるかもしれませんが、手をこまねいていれば、確実に起きるでしょう」


 そう言っても、中将は首をかしげる。


「しかしアメリカとは満州の利権を分け合い、協力できている。よほどまずい対応をしなければ、共生できるのではないか?」

「フッ、私を試しているのですか? 先の大戦でアメリカは、世界を主導するような立場になりました。その欲望は、尽きるところを知らないでしょう。それだけではありません。ソ連や中国の都合によって、敵対関係が作られる可能性もあるのです」


 すると中将は、感心したような表情で応じる。


「ほほう、冷徹に国際関係を見ているようだね。私もそれには賛成だ。しかしなぜ今、私にそれを言う?」

「いずれ来たる世界大戦に向けて、日本の諜報体制を建て直したいのです。ご協力いただけませんか?」


 それを聞いた中将は、おもむろに煙草に火を付け、紫煙を深く吸い込んでから顔を向けた。


「実に興味深い話だね。私も昨今の軍の風潮には、懸念を抱いていたんだ」

「それは明石中将や福島大将のような方を、冷遇するような空気でしょうか?」

「ハハハ、本当によく知っているな。私や福島大将のことを、スパイや密偵と言って、蔑む連中がいるんだ」

「そのようですね。実に嘆かわしいことです」

「まったくだ」


 そう言って中将が苦笑いする。

 実は明石中将は昨年、参謀本部次長に就任していた。

 それは参謀本部の実務を取りしきる重職であり、彼は十分に職責を果たしている。


 しかし先に言ったように、スパイ活動や謀略に関わった人間を、蔑む連中がいる。

 そんな奴らの圧力で、中将を参謀本部から追い出そうとする動きがあるのだ。

 史実でもこの年、師団長として外に出されている。


「その風潮を放置すると、日本軍はやがて装備だけは立派で、まともな戦略を持たない劣悪な組織に堕しますよ。少なくとも、私の知る歴史ではそうなってしまいました」

「……それは否定できんな。だからといって、どうすればよい?」

「たとえアメリカを敵に回しても、容易には負けない体制を作るのです。川上大将が築いたような諜報体制を、新たに構築しましょう」

「川上大将の、ね」


 今は亡き川上操六大将は、ロシアとの緊張が高まる中で、壮大な諜報体制を築いた。

 それは大陸各国の情報を集め、いざという時は後方撹乱や妨害工作をも実現するものだった。

 その手足となって働いたのが、目の前の中将だ。


 残念ながら川上大将は20世紀になる前に急逝してしまったが、幸いにも児玉源太郎大将がその流れを引き継いだ。

 児玉大将は日露開戦に際して、明確な戦略を描いていたという。

 それは


・長期戦では勝ち目がないので先手必勝、短期決戦を挑む

 6対4ぐらいの勝ちを得たら、早期講和に持ち込む

・ロシアの心臓部たるヨーロッパ方面で内部撹乱、反乱を起こして両面作戦を展開する

・シベリア鉄道を破壊するため、馬賊を糾合したゲリラ(満州義軍)を組織し、鉄道を攻撃する

・日英同盟によって英国から対露情報を収集して役立てる


 といったものだ。

 これがあったからこそ、世界中から無謀と思われた日露戦争で、かろうじて勝ちを拾うことができた。

 しかし凡愚な連中は、その陰にあった苦労や努力を忘れ、諜報体制を弱体化させつつあった。


 そんな思いを語っていると、やがて中将がうなずいた。


「よかろう。君のその情熱に懸けて、やってみようじゃないか。最後の奉公になりそうだな」

「ありがとうございます。閣下のご奉公、決して無駄にはさせません」

「うむ、よろしく頼む」


 こうして俺は、稀代のスパイマスターを味方につけた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ