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8.やっぱり狂暴なカレ



 それは一瞬の出来事だった。

 アッシュは、司祭を吊し上げた瞬間そのまま彼の顔面を地面に叩きつけた。

 ぐしゃり、という鈍い音と共に司祭の歯が辺りに飛び散る。

 護衛をしていた騎士たちも、あまりにも流れるような行動だったせいかただ呆然と立ち尽くすばかりだった。


 て言うか、魔道士なのになんて力なの。屈強な戦士だって、大の男をあんな軽々と片手で捻り潰すなんてなかなかできる事じゃないわ。


 わたしが呆気に取られていると、ようやく我に返った騎士たちが次々と剣を抜き戦う構えをみせはじめる。

 それでも何となく雰囲気で分かったけど、あまり積極的にやり合うつもりはない様子だった。


 たぶんこの司祭、人望が全然ないのね。普段からあんな横柄な態度だから、きっと教会の騎士たちからもかなり嫌われているのよ。


 体をピクピクと痙攣させる司祭を余所に、すくっと立ち上がったアッシュは騎士たちに向かって不敵な笑みを浮かべている。


「やんのか? 死にたい奴から、さっさとかかってきやがれ!」


 騎士たちに対して、そう啖呵を切るアッシュ。

 いくら強靭な肉体を持っていたとしても、相手は武装した騎士。しかも人数は五人。さすがの彼でも魔法を使わないなら、丸腰じゃかなり分が悪いわ。って、まさか人間相手にあんな凶悪な魔法を使ったりしないわよね?


「おい、お前! 何処の所属か!」


 隊長格と思われる騎士の一人が、アッシュに対してそう質問する。

 石畳の上で痙攣する司祭もそうだったけど、騎士用の外套を着けているせいでみな彼が騎士だと勘違いしているみたい。

 でも、こんな状況で一応所属を訊ねてくるところをみると、やっぱりそこまで積極的に戦うつもりはないようね。


「待って! 彼は騎士じゃないわ! 国王の命令で護送していた、国の秘宝だって言われていた箱の中身が彼よ!」


 わたしの言葉で納得するとはとても思えなかったけど、何故か騎士たちは次々と剣を納めていく。しかも、片膝をついて礼まで取りはじめた。


「なんと! そうとは知らず、大変ご無礼をいたしました。王国の秘宝である箱の中身が魔人だという噂は以前からありましたが、それはあくまでも噂。まさか本当にそんなことがあろうとは、夢にも思いませんでした。現在、重傷を負いこの町にて治療中の大神官に、是非ともこれから会っていただきたい!」


 先ほど所属を訊ねてきた隊長格の騎士が、せっぱ詰まった様子でそう述べる。

 大神官なんかに会ってしまったら、この国の危機を救ってくれ、なんて話になるのは確実ね。でも、わたしだって鬼じゃないし、このまま彼に何のあてもなく連れ回されるのだけはごめんだわ。

 だけど、そんな話に彼が簡単に乗るはずもなく。


「何でこの俺様が、お前らみてーなチ○カス野郎どもの頼みなんざ聞いてやらにゃならないんだ? 俺様は今とても腹が減ってイライラしてんだ! あまりふざけた事ばかりぬかしてると、細切れにして犬の餌にしてやるぞ!」


 不遜な態度で、すぐにそう悪態をつくアッシュ。て言うか、そこまで下品なことを言う奴だとは流石に思わなかったわ。

 相手は、彼のことを救世主かなんかだと勘違いしてるようだし、今の発言を聞いてさぞかし幻滅しているんじゃないかしら?

 そもそも、いくらムカつく態度だったからって、いきなり人をぶっ飛ばすような奴によくそんな事を頼めたもんだわね。


 当然そんな反応をされた騎士たちは、面食らった様子で言葉を失っている。流石にあんな脅すようなことを言われて、これ以上は食い下がれないと感じているのね。


 隊長格の騎士は、わたしに対してすがるような目を向けている。

 言いたいことは分かるわ。わたしに彼の説得をして欲しいのよね。


「ねぇ、アッシュ。取りあえず騎士さんたちの要請に応じて、何かご馳走でもしてもらったら良いんじゃないかしら? お金は持ってるけど、この状況だとお店だってやってない可能性が高いわ」

「ちっ、めんどくせー。難民だらけで食料不足だってんなら、町の人間どもを皆殺しにして食料を奪ったって別に構わないんだけどな」


 ちょ、ちょっと! 発言がヤバすぎるわよ! まさかそんな事、本気で思ってるわけじゃないわよね? って、ものすごく冷たい表情。心の底から民のことなんかどーでもいいし、自分の欲望のためなら人を殺すのも厭わないって感じ。


「そんなお腹が空くようなことは止しましょうよ。ちょっと協力してあげれば良いだけの話じゃない」


 わたしは、ダメもとでそう言葉をかけてみる。すると意外なことに、アッシュは「ちっ、さっさと大神官の元に案内しやがれ!」と言って、渋々ながら騎士たちの要請に応じる姿勢を示した。

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