6.彼の呼名は
「ロキ」それは私が彼に対して口にした、北欧神話に出てくる神様の名。
ちょっと悪っぽい感じなところが、彼の呼び名としてピッタリじゃないかしら。
短い名前だし、愛称まで考えなくて済むから楽でいいわね。
あとは彼が気に入ってくれるかだけど。そんな彼が次に示した反応で、意外な事実を知ることになる。
「比較的、新しい古代神の名と同じ名だな。他の神の名で呼ばれるのは多少不本意だが、まぁ取りあえずってんならそんなに悪くもないか」
えっ? わたしの居た世界の神話に出てくる神様と、この世界の古代神の名前で、たまたま共通するものが有ったってこと? それとも神様だけに、いろんな別の世界にも同じものとして存在しているのかしら。
それに今、他の神って言ったわよね? その言い方だとまるで自分も神様だって言ってるのと一緒じゃない。
まさか、生身の人間の姿で現実に存在している彼が神様だとでも言うの?
「自分の名前は思い出せないのに、他の神様の名前はしっかりと覚えてるのね?」
なんだか本当にヤバい奴っぽい雰囲気になってきたので、わたしは急に怖くなってそれ以上の言葉を出せなかった。
取りあえず彼の反応は肯定と受け取っても良さそうだけど、もう少し普通の名前を考えた方が良かったのかしら。
「いちいち嫌味っぽい女だな。そんなことより、また飛ぶぞ!」
特に名前について否定しないあたり、その呼び方を受け入れたってことで良さそうね。他の神って私が言った点についても否定はしなかったけど、やっぱりその考えで合っているってことで良いのかしら? て言うか、また飛ぶってどういうこと!
困惑している状態にも拘わらず、彼は再び私の腰をがっと抱えあげる。まるで荷物でも扱うかのよう。
「飛翔!」
彼がそう叫ぶと、今度はゆったりと空中に舞い上がった。
さっきと比べて余裕があるぶん、冷静に考えるとこんな状況かなりドキドキしちゃう。
「今回は詠唱しないのね?」
「まだ効果は続いてるからな。効いてるうちは、前段階の詠唱はカットできる」
ずいぶんと都合が良すぎる気もするけど、そう言うことなら楽でいいわね。
効果が続いてるうちは私の力も必要ないみたいで、今回はエネルギーを吸い取られるような感覚もまるでない。
「アッシュだ……」
低空をゆっくり飛行し始めた彼は、唐突にそう言い出す。
「えっ? それって、どういう意味?」
「俺の呼び方に決まってんだろ」
決まってんだろ、なんて言われても、この流れでいきなり名前を出されたってなんの事か分かるわけないじゃない。
でも、名前が思い出せたのなら取りあえず良かったわ。
「じゃあ、やっと思い出せたのね? それがあなたの名前ってことで良いのかしら?」
「さぁ、どうだかな」
はい? 普通に思い出したから、その名を出したんじゃなかったの? 本当に意味わかんないんだけど。
「なによ、その答え。わたしの事からかってるの?」
「別に、からかってなんかないさ。急に思い浮かんだんだ。誰かにそう呼ばれてたような気がする、程度の感覚でしかないけどな」
意外と真面な彼の答えに、わたしは少し嬉しい気持ちになる。
とにかく自分の名前っぽいものが思い浮かんだから、わたしが考えた名前じゃなくてそっちで呼んで欲しいってことね。
「分かったわ。あなたがそう呼んで欲しいって言うのなら、これからあなたの事はアッシュって呼ばせてもらうわね」
なんて、いい感じで纏めてはみたけれど。こんな体勢で抱えられた状態のまま、そんなこと言っても格好がつかないわよね。
こんな状況だからなのか、完全に彼も素っ気ない態度。って無視すんな!
「ううっ……」
ちょっとだけ恥ずかしくなった私は、思わずそう声が漏れてしまう。
「どうした? そろそろ降りるぞ」
どうしたって、あんたが無視するからじゃない。なんてことを思いつつ下を見ると、大勢の人だかりに向かって降下をはじめている最中だった。




