2.名無しの大魔道士
銀髪の彼は、冷たい視線をわたしに向けている。なんだか残念な物を見るような目だ。
その理由は、彼が最初に発した言葉によってすぐに明らかとなった。
「質の高いエネルギーだったからどんな美女かと思えば、実際に見たら残念な感じの平凡な狸顔女だな」
なんて失礼な奴なの? そりゃ確かに、お世辞にも美人だとは言えないかもしれないけど。そんなに残念がられるほど不細工でもないわ! だいいち初対面の相手に対して普通そんなこと言う? 残念な気持ちになったのは、こっちの方だって言いたいわよ!
ピンチを救ってもらった事に対しては感謝しないとだけど、そんな感情もいきなりの一言で台無しだわ。
「たっ、助けてくれてありがとう……わたしは猪俣叶枝よ。あなたは?」
わたしは、ムカつく気持ちを抑えつつも、一応お礼と自己紹介をする。
「肝っ玉だけは座った女みたいだな。今のを見て、俺のことが怖くないのか?」
なによ、その反応。こっちが名を名乗ったんだから、礼儀として名前くらい名乗りなさいよね! て言うか、それって脅しのつもり? まさかこれって、実はけっこうヤバい状況だったりするのかしら。
護送していた例の物とは、厳重に封印されていた長方形の大きな箱だった。
それは、王家に代々伝わる秘宝らしく。王様の説明によると、世界を滅ぼしかねない何か途轍もなくヤバい物、という事くらいしか分からないという話だった。
状況から察して、その秘宝の正体が彼という事で間違いなさそうね。
アンデッドの軍団によって国が壊滅状態になってしまい、安全な場所まで護送する任務に就いていたわけだけど。ひょっとして私ったら、本当にヤバい奴を目覚めさせてしまったのかしら?
「どうせ死ぬところだったわけだし、今さら何が来たって怖いとは思わないわ!」
ようやく力が戻ってきたわたしは、すくっと立ち上がるとそう啖呵を切ってみせる。
「なるほど、半分自棄になっている感じといったところか」
「確かに、そんな感じかもしれないわね。で、あなた名前くらい名乗ったらどうなのよ?」
実際に、かなり自棄っぱちになっていた。
どうせ一度は死んだようなもの。相手がどんなにヤバい奴だろうと、今さら恐怖なんて感じないわ。それにコイツがまだ、私にとって危険な存在だと確定したわけじゃない。
わたしの要求に対して、銀髪の彼は額に手を当てながら何故か悩んでいる様子だ。
その横顔がまた、とっても魅力的。全裸なのは残念なところだけど。
「名前か……何でだ……思い出せねーな」
あんな長ったらしい魔法の呪文を唱えられたのに、名前が思い出せないなんてこと普通ある? わたしの事おちょくってるのかしら。
でも、そんな私の考えを余所に、彼は本気で悩み続けている様子だった。
そんななか、暗雲立ち込める上空に無数の黒い影が突如として現れる。
この光景は、つい最近も見たことがあるわ。あれは間違いなくガーゴイルの集団ね。
一難去ってまた一難。あんな数の魔物、二人だけでどう対処すれば良いって言うのよ。て言うか銀髪の彼、自分一人だけで逃げ出したりしないわよね?
「ねぇ、悩んでいるところアレなんだけど。こっちに向かって魔物の群れが迫ってきているわよ」
「ちっ、俺様が必死で名前を思い出そうとしてる最中に、空気の読めないゴミクズ共だな!」
わたしの問いかけに対して銀髪の彼はそう言うと、右の手のひらを黒い影が映る上空に向かって差し出す。その直後、再び全身の力が抜けてしまい、私はガクッと膝から地面に崩れ落ちた。
~オイーマギムアクロッドアサクイ トゥーウォークネット イェスアルフォウェマオニラキ ウトモゥイレイオンイマコンネスキ ヒリュータヤウィキアット クナールトウィケットネトバース~
~天空を司る神々よ、大気を操り青き光の雨を降らせよ。幾千の神の槍をもって全ての敵を貫け~
「青き光の雨!」
それはまるで、息をするくらい自然な感じで唱えられた呪文だった。
魔物の群れの上空は一気に晴れ上がり、眩いばかりの光が辺りを照らす。
無数の青いレーザー光線のようなものが上空から降り注ぎ、荒れ果てた大地には激しい土煙が立ち込めた。




