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グリーズマンレポート

 アーロンの話を信じるならば、バオ達13名を乗せたあの飛行機は、2026年6月20日にベトナムの空港を発ち、積乱雲に飲み込まれたあの瞬間から200年以上先の時代に飛んだことになる。

「そんなわけないだろ!信じられるか」グエンが言うのも無理はない。

 アーロン以外の皆口を閉ざしてしまった。


「俺だって始めは目を疑ったさ。およそ270年後の未来にタイムスリップしてることになるんだからな。でもこれを裏付けるような資料を奥の部屋で見つけて、始めは疑うような内容だったのを時間をかけて理解した。今では信じるどころか、そうとしか考えられないと思うようになった」

「ちょっと待って下さい!アーロンさん今何て言いました?」バオが割って入る。

「ん?裏付けの資料か?」

「違います!何年後の未来と?」

「ああ、計算してみろ。ざっと270、正確には271年後の未来だろ。何か問題あるか?」

 辺りを静寂が包み込んだ。


「そうか、計算が合わないよなバオ?」グエンが不思議を通り越して笑いを堪えきれないでいる。

「アーロンさん、これが何だか分かりますか?」

 バオはポケットからスマートフォンを取り出しアーロンの前に翳した。


「カメラか何か?ライトか?」


 アーロンがこの島へ来てから13年。今から遡ること西暦2013年にも間違いなくスマートフォンの存在はほとんどの国に住む人々にとって当たり前の存在になっていたはずだ。フィンランドも多分に漏れなかっただろう。その形状は10年以上経った2026年も大幅に変化したという事実は無く、相当無知でない限り一目見て″電話″であるという認識を持てるはずだ。

 だがアーロンは違った。


「何?そんな小さいのが電話だと?」


「スマートフォンと言って電話以外にも沢山の機能を持っています。アーロンさん。271年と言う事はつまり、仮に未来へタイムスリップしていないとして、アーロンさんが今認識している現在の西暦は…」

「1998年じゃないのか?!」


 アーロンがヘルシンキ空港を発ったのは1985年の初夏。アーロン青年30歳の誕生日だったという。

 現在43歳という見た目より10歳以上若かったことには驚いたが、伸び切った髭を剃ると案外年相応なのかもしれない。

 この島へ来てからメモ帳に正確な日にちを記していたというので、13年という月日に間違いはないのだろう。

「ちょっと待ってくれよ。頭の整理が追いつかない」

「グエンさん、私もですよ。何がどうなってるのやら」成瀬がこめかみに指を当てている。


 バオがアーロンに紙とペンを借りて簡単に整理したようだ。

「ざっくりですがこういう事でしょう。僕らは今を2026年だと認識しています。アーロンさんからすると1998年。でも実際のこの島の現在は2256年、多少の誤差はあっても2257年でしょう。それぞれバラバラの時間軸ですが、今はその世界線が1つに集結したと考えるよりほか無いのかもしれません」

「いやいや、バオ。そんな事はわかっちゃいるんだけどな…理解は出来ても納得が出来ねえんだよ」グエンが頭を抱える。

「アーロンさんがさっき言ってた資料を見せてはくれませんか?」

「ああ、もちろんだ。俺が見てもらいたかった本題を話そう」


 アーロンはそう言い放つと、ラックの間をすり抜けるように奥へと進んで行く。一同もそれに続いた。

 奥には先ほどと同じ金属製の重厚そうな扉が一枚、ギーッと音を立ててアーロンが押し開けている。

 顎をしゃくって奥へ続くように合図をした。

 今度はすぐには部屋は無く、来た時に通ったような板張りの通路がしばらく続いているようだ。通路の幅は先ほどより広く、ゆったりと歩く事が出来るのだが、その両脇にはゴミの山が積もっている。

「すまん。ずぼらな性格なもんで、そのうち片付けるさ」アーロンは一同を振り返り唇の端を引き上げた。


 通路の先にはまたもや金属製の扉が見えている。

「ところで、この施設はどこまで続いてるんですか?」進一が先頭を行くアーロンへ聞いた。

「実は俺も全貌は知らない。分岐が多くてな、まるで迷宮だよ。一体どんなやつらが何の目的で掘ったんだか。まあそれが今から見せる資料で何となくは見えてくるんだがな」資料だけを見せるならアーロンが取りに行ってくれるだけで良さそうなものだが、施設を案内したい気持ちもあるのだろう。

 

 地下に降りてからどれくらいの時間が経過しただろうか。バオは上に残してきたミンに申し訳なく思った。かなり奥の方まで来てしまったので、アーロンにお願いしてさっきの食糧庫から甘いものでも手土産に持っていこう。

「さあ、着いたぞ」

 扉を通り抜けた先では悍ましい光景が広がっていた。

「檻?動物ですか?」

「ああ、俺が来た時から何もいやしないが、恐らくその昔ここには動物か何か居たんだろう」

 バオには心なしかこの部屋に入った瞬間から室温が4、5度下がったようにひんやりと感じられた。今ままでのどこの部屋よりも広いからなのだろうか。いや、それだけではないのだろう。

 アーロンが部屋の明かりを灯したが、電灯の数がこの部屋のサイズに見合っていないのか、かなり薄暗く感じる。そのせいもあってか不気味な雰囲気を醸し出していた。

「そういえばアーロンさんが最初にいた部屋以外は電気が付くんですね?」バオが不思議そうにアーロンに尋ねた。

「ああ、物音がして人が入ってくるのがわかったからな、潜んでいるためにあの部屋だけブレーカーを落としたんだ。さっき通ってきた通路に分電盤がある」

 なるほど、そういうことだったのか。


「あの台は何ですか?手術台か何か?」部屋の中央を成瀬が指差した。病院にあるような手術台そっくりな寝台が4つ連なって設置されており、小さなホールぐらいあるこの部屋の中でも一際目を引いた。

 壁際には無数の大小異なるゲージが置いてあり、以前はここに入れられていたのであろう動物たちの息吹きが今でもうっすらと感じ取れるようだ。

「手術台と言うより実験台と言った方が適切だろうな」

 台が置かれている床のところどころに赤黒い染みが残っているように見える。古い血痕なのだろうか。


 部屋の隅の方には6台の事務机が設置されており、アーロンはその一つの机から一冊の資料を持ち出してきた。デスクの上には様々な資料が乱雑に広がっているのが遠くからでも見て取れる。

 やはり、ここの住人達は突然消えるようにいなくなったのだろうか。


「これだ」アーロンが資料を渡してきたのをグエンが受け取る。

「なになに、軍用生体実験報告書、グリーズマンレポート?何だこれ?」グエンが目を見開きタイトルを読み上げた。

「極秘計画〈バイオ・アセスメント〉試験なんて名の下にイカれた動物実験を行なってたのがこの施設の実態だ」

 

 コードネーム:アルカディアというのが組織の名前らしい。

 表層上は動物の保護や生態観察を目的とした公的団体を装っているようだが、その裏の姿はプロジェクト・キメラと呼ばれる異種生体融合計画を掲げ、非人道的な動物実験ばかりを繰り返しているようだ。

 

 バオが部屋が寒く身震いしてきたので、地上に出てからゆっくり確認したいと提案した事で、いよいよ地上に上がる事になった。

 アーロンによると、この先にはまだいくつかの部屋があり、しばらく進むと数回分岐した道の先に上に上がる階段があるという。その先地上に出るための両開き式の鉄製の扉があり、実はそちらが表側の入り口で、バオ達が入って来たのは裏口だったとのこと。アーロンが地上に出る時には正面扉しか使用していなかったため、裏口は草土で埋まり風化しかけていたのである。ミンを待たせているため、表の入口は今度案内してもらうこととし、今回は裏口へ戻ることにする。

 

 途中、食糧庫で持てるだけ持っていこうとアーロンがこの施設の食料の共有を許可してくれたので、手分けをして地上へ運ぶ。

「ミンごめんよ!お待たせ」

「ミンさんすみませんでしたね。ありがとうございました」

 まだ辺りは暗くなっていないものの、軽く見積もっても1時間半は待たせた事になる。

「大丈夫。そんなことより早く話を聞かせてくれよ!待ちきれなかったんだ」

 ミンには地下での出来事を成瀬が進一を迎えに行った時に手短に伝えてくれていた。


 キャンプに戻るとすぐに全員を集め、代表して進一が事の経緯を説明した。アーロンはバオとミンが生活しているテントに一時的に隠されている。

 進一の話しは驚きの連続で、皆真剣に耳を傾けていた。

「それでは紹介します。アーロンさんです」

 気恥ずかしそうに登場したアーロンは終始相好を崩していた。人と話すのが13年ぶりなので嬉しさが抑えきれないでいたのだ。

 

 その夜は運んできた食料と酒類も用意し、アーロンの歓迎も込めてささやかな宴が開かれた。

「かーっ!堪らない!久しぶりの酒だ」グエンは上機嫌で酒を煽った。

「それにしてもこのレポート、読めば読むほど気味が悪いですね。バイオ・コンバット・データ?」成瀬が資料のページを開きながら独りごちるように言った。

 ページを捲ると、軍事生体耐性評価資料や軍用生体試験データログ、プロコトル・アニマルといった物騒な言葉がレーダーチャートとともに並べられている。

「やはりあの猿もその被害者だったのだな」ジムがバオの耳元で囁いた。

 「先ほどの地下施設は″ネメシス″と名付けられているようですね」成瀬が皆に聞こえるように話してくれた。

「けっ!かっこつけやがって!大体地下の施設に名前付けるやつらなんて悪の組織と相場が決まってるんだよ」グエンは大分アルコールが回ってきているようだ。


 アーロンが成瀬の解説を引き継いだ。「ヒョウの背中にアンデスコンドルの翼を植え付けようとした試験データもある。どうやら表向きは…表というのもおかしいが、政府公認の極秘組織らしい。政府直轄ではなく、あくまでも政府監督機関として補助金だの交付金だのってあらゆる名目で政治的支援を受ける以外にも、裏ルートで相当な額の使途不明な資金援助を受けてるというダークサイドが存在している。グリーズマンってのはアルカディアの顧問博士で、事実上プロジェクト・キメラの陣頭指揮を取ってたやつらしいんだが、ネメシス内に置いても独裁的な実権を握っていたみたいだ。いわゆるマッドサイエンティストってやつだな。こいつが記した内容にとんでもないことが書いてあったよ。皆に話してもただの嘯いた物語にしか聞こえないかもしれないが、どうだ?続きを聞く覚悟はあるか?」アーロンは一同を見渡した。

 キャンプの中央では焚き火が周囲を明るく照らしており、ひとときではあるが遭難しているという事実を薄らいでくれている。


「今更何を聞いても驚かないわ。そもそもこの島にいる事自体が謎過ぎるんだから」メイリンがそう言うと、他の皆んなも口々に聞かせて欲しいと先を促してきた。

「よし、わかった。それじゃあ結論から言おう」

 アーロンは一度目を閉じてからゆっくりと口を開いた。


「皆この島からはもう一生出られないぞ」

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