邂逅
「アレックス!」グエンが駆け出そうとするのをジムが手で制した。
「近づくな!近づいたらこいつの命はないぞ!」
入ってきた扉付近で、アレックスが見知らぬ男に後ろから羽交い締めにされていた。その男の手には光る物が見える。一斉にその場の空気が凍り付いた。
「わかった。落ち着け。あんたは誰だ?」
懐中電灯の明かりだけではぼんやりとしか姿が見えない。
「お前たちこそ何者だ?」男の低い声が部屋中に反響する。
「私たちは旅行者と、その航空機の操縦士です」一同を代表して成瀬が答えた。
「ここには何をしに来た?」男の鼻息は荒く、訝しむように睨め付けた眼光は暗闇の中でも異彩を放っていた。
「数日前に私たちの乗ってきた飛行機が遭難しました。そのとき突然目の前に現れたこの島に緊急着陸をしたんです」下手な嘘はかえってトラブルの元になる。おかしな話だがここは本当の事を話した方が良い。突然島が現れたと成瀬が説明した刹那、男の目が一瞬見開いたのをバオは見逃さなかった。
成瀬は男を宥めるように、ゆっくりと落ち着きながら事の経緯を話して聞かせた。
はじめは睥睨するように鋭い視線を向けてきていた男だったが、成瀬の落ち着ついた話し方に、少しずつ懐柔されているようだ。信じてもらえるとは思っていなかったが、意外にも男は「本当なんだな?」と話を理解したようだ。
「はい、我々に嘘をつく必要は全くありません。どうかその子を離してやって下さい」
「わかった。今からこの子を離すから、俺に危害は加えるなよ」
男は一同のメンバー構成を見て、争う相手ではない事を悟ったらしい。息が整い、少しずつではあるが冷静さを保ってきていた。
見たところ50代後半、ジムより少し若いくらいだろうか、顎を中心に重厚な髭が伸ばし放題に覆っているため正確な年齢まではわからない。
男はゆっくりとアレックスを離した。
解放されたアレックスはバオの方へと走り出してきたのでバオはその身体をしっかりと抱き締めてやる。
「さあ、俺たちの素性は話したぜ。次はあんたの番だ」グエンが語気を荒げて言った。
それに応えるように男がゆっくりと口を開く。
「私もお前たちと同じようにこの島へやって来た」
男は名をアーロンといい、フィンランドのフィスカルスという小さな町の出身だという。
「じゃああんたも飛行機に乗ってるときに?」
「おたくらと全く同じだよ」
趣味で小型プロペラ機を所持しているアーロンは、ヘルシンキ空港を発ちフィンランド湾海上を周遊して戻って来る予定だったところ、突如発達した積乱雲に飲み込まれ、気がついた時には満タン近くあったはずの燃料が10分の1ほどに減り、警告ブザーが鳴動したとのこと。
雲が晴れたときに眼前に現れたこの島に、成り行き上仕方なく着陸したところまで成瀬達と類似していた。
「我々と全く同じ状況ですね⁈それは最近のことですか?」成瀬の質問に対する回答は一同の耳を疑うようなものだった。
「ここに来て今日で13年と4か月になる」
束の間、世界から音が消えたような感覚が部屋中に広がった。
「おいおい!冗談はよしてくれよ、他に人はいないのか?」
グエンは信じられないのか瞬きを忘れたかのように目の前の男を見つめた。
「俺がこの島に来てからはずっと1人だが」
「そんなはずはないだろ?だとしたらこの地下もおっさんが1人で造ったっていうのか?」
「ちゃんと名前がある。アーロンだ。私が島へ来た時には地下はすでにあった」
「それじゃあアーロンは今までどうやって生活してきたっていうんだ?」
「グエン。聞きたいことが沢山あるのは私も同じだが、あまりいっぺんに聞くのはよそう」ジムがグエンを落ち着かせたところでアーロンが言った。
「いや、いいんだ。俺も聞きたい事がある」
「ここで話すのもなんですので、一度外へ出ませんか?うちの機長へも会わせたいので。アーロンさんどうでしょう?」成瀬が提案した。
「わかった。ただ、こちらは1人、おたくらが何人いるのかわからないんじゃフェアじゃない。あんたらのリーダーを一度ここへ連れて来てはもらえないか?」
アーロンが不安になるのも無理はない。成瀬が進一を連れて来ることにした。
20分が経とうとした頃、成瀬が進一を連れて戻って来た。
「本当だったんですね。私、機長の東堂と申します。リーダーというのはおこがましいですが、皆さまへの責任を背負っている立場です」
進一はあらためてここに至るまでの経緯とメンバーの構成を説明した。雷鳴とともに見た閃光については触れないでおいた。
「あんたらの話は大体わかった。その子を驚かすような事をして申し訳ない。危害を加えるつもりは無かったんだ。ごめんな坊や」アーロンはアレックスに深々と頭を下げた。
「逆の立場なら私でもどうしてたかわからん。こちらこそ突然押しかけて申し訳ないよ」ジムの発言で先ほどの一件は和解され、ここだけの話しということになった。
「ところでアーロンさんはこのままここに居るつもりですか?もしよろしければ一度外へ出て他のメンバーへも会ってもらえるとありがたいんですが」
「そちらさえ良ければそうさせてもらうとしよう。ただその前にあんたらに見てもらいたいものがあるんだが」
進一の提案に応えると、アーロンは奥へ向かい金属製の扉を開けた。
アーロンに続いて進一を先頭に全員で扉を抜けると、そこは今まで居た部屋よりも二回り以上は広く、所狭しと金属製のラックが並べられていた。
「なんと!これは一体誰が?」進一が驚きの声を上げた。続いた成瀬やジムも感嘆の表情を浮かべる。
「食糧庫のようですね?」
「ああ、その通りだ。これのお陰で俺は今まで困ることはなかった」
進一を筆頭にジムやグエンもラックに整頓された缶詰めや積まれた箱の中を見て回った。
そこには肉類や野菜、フルーツに魚介などといったものの他に、乾パンや米類などの主食級のものまでもが、缶などの保存が効く密閉容器に梱包され陳列されていた。英語表記の他にアラビア語や漢字の物まであり、中には見慣れない瓶のような容器もある。
箱の中には水や得体の知れないドリンク類以外にも酒まで入っているようだ。
端の方の2列分のラックは、ほとんど空になっており、アーロンが消費した事を物語っている。
奥には一目で重厚だとわかる扉があり、冷凍庫として電力が通っているのではないだろうか。
「俺が初めてここへ来た時からラック一杯に見ての通りの保存食が保管してあった。この地下を造った主は食料を用意した上で、何かしらの事情から忽然と姿を消したものだと俺は考えている。なんていったって俺が食べている以外には減ってないんだからな」
「この地下施設の存在といい、これだけ準備された食料といい、この島に長期間滞在した、或いは滞在しようとした外部の人間がいるのは間違いないって事ですね。しかも少数ではなく、何かしらの目的を持った組織レベルのまとまった人数が」
進一の見解にアーロンが応える。
「ああ、それは間違いない。ただ、俺があんたらに見てもらいたいって言ったのはこの倉庫自体のことじゃない」
「はあ、では一体?」
「どれでも良い。缶を取って裏を見てみろ」
アーロンの指示通り、進一は目の前に積まれた缶の中から適当にフルーツの缶詰めを手に取り裏側を確認した。
「07312256?これは缶が作られた…」
「そう。製造年月日だ。ラベルのフルーツはFから始まる英語で書かれているんだから、その刻印も米国表記って考えるのが自然だろ?って事はだ…」
進一が他の者にも底が見えるように缶を上へ翳した。その刻印表記を見て一同は驚愕した。
「何かの間違いだろ?」グエンが訝しげに眉を顰める。
「他のも手に取って見てみろ」
その後、アーロンに言われたとおり他の食品や飲料の製造年月日を確認して回った。
国籍によって表記に多少の違いはあれど、確認した範囲では全てにおいて製造年月日が西暦2256年となっていた。
「いくら缶詰めとはいえ保存期限が過ぎて数年もすればカビくらいは生える。最初は食うのを躊躇ったが、今でもこの通りピンピンしてるよ。匂いや味にも何ら問題はない。この製造年月日は本物だ。だとしたらどうだ、俺らは今…少なくてもこの年月以降、且つそれほど経っていない時代にいるという事になる」




