観察の臨界
——リンクが暴走している。
警告灯が低い点滅を繰り返し、
制御卓の上を赤い波形が流れていく。
Bellflower_00の同期値はすでに臨界を超えていた。
「視点同一化が……完了?」
背後のオペレーターの声が震えている。
予定していたのは部分的な交差——
片方向の“覗き”でしかなかった。
だが、対象Aと対象Tは互いの視界を共有し、
しかもその視界がこちら側に逆流してきている。
モニターに映るのは、二人の現実視点と、
それを観察するこちらの操作室。
つまり——彼らはすでに、この部屋の存在を知った。
「切断は?」
「不可能です。観察構造そのものが固定化されています」
つまり、リンクを解除すれば全構造が崩壊し、
Bellflowerシリーズ全記録が失われる。
私は深く息を吸い、
唯一残されたコマンドに指を伸ばした。
> 【分岐視点追加】——選択対象:結城
——事態は制御不能。
次は、あの男の視界を開く番だ。
結城のファイルは、他のどれとも構造が違う。
Bellflower_01〜07のような連続記録ではなく、
複数の短い断片が、意図的に時間軸を外されて保存されている。
それらは、私ですら全貌を把握できない。
——だからこそ、最後の安全弁として残していた。
リンク申請を確定すると、システムが低く唸り、
結城の視界が断片的に浮かび始めた。
最初に映ったのは、見覚えのある廊下。
だが、その突き当たりには、現在存在しないはずの“旧企画室”の扉があった。
オペレーターが息を呑む。
扉の前に立つ結城が、ゆっくりと振り向き、
モニターの向こうの私たちを、はっきりと見た。
彼の口が、音もなく動く。
——「遅かったな」
その瞬間、Bellflower_00の同期値がさらに跳ね上がる。
対象AとTの視界に、結城の視点が混ざり始めたのだ。
観察は三方向に拡張され、制御系は限界を超える。
だが私は切らない。
これは、私が何年も待っていた“臨界”だからだ。
ここから先は、記録も証拠も残らない。
だが、それこそが本来のBellflowerの目的だった。




