プロジェクト·B
異常検知——レベル3。
Bellflower_00へのアクセスが、対象A_06と対象T_03の端末から同時に検出された。
この警告を見た瞬間、私は指先を止めた。
Bellflower_00は、通常の監視者ですら触れられない領域。
唯一、“観察構造の起点”を記録したファイルだ。
観察構造とは、双方向では成立しない。
観察する側とされる側、その境界が崩れれば、記録の意味は失われる。
だからBellflower_00には、徹底的な隔離と“視覚的トリガー”が組み込まれていた。
青い紙片——それは、観察側と対象側の記憶を同期させるためのマーカーだ。
本来、対象がそれを「覚えている」ことはあり得ない。
だが今、映像フィードには明らかな異常が映っている。
対象T_03が、観察カメラに向けて視線を返してきた。
視線の逆流。
これはマニュアルには存在しない現象だ。
オペレータ席のモニターに、他の記録が次々と割り込まれ始める。
Bellflower_01から07までの断片が、無秩序に同じ画面へ重なっていく。
私の耳元で、誰かが低く呟いた。
「……もう止められないな」
記録の波形が乱れ、映像の時系列が崩壊していく。
私は指先でモニターをなぞり、全チャンネルの同期を試みたが、
すぐに“別の誰か”の操作が上書きしてきた。
——内部からではない。
対象側からのアクセスだ。
Bellflowerの目的は、単なる監視ではない。
人間が「記憶」と呼ぶものを、映像の形に再構成し、
必要に応じて編集し、提示する。
それによって、“望ましい過去”を作ることができる。
そのために、映像は最初から“見せるため”に撮られてきた。
Bellflower_00は、その設計思想の原型。
そこに触れた瞬間、対象は“見せられる側”から“見る側”へと変わる。
だからこそ——本来は触れさせてはいけなかった。
私は通信回線を一本切断した。
だが、対象A_06(大輔)の端末はまだオンラインのままだ。
モニターには、彼がカーソルをBellflower_00の再生ボタンへ合わせる姿が映っている。
背後で別の管理者が焦りの声を上げた。
「アクセス遮断しますか?」
私は首を横に振った。
「……いい。最後まで見よう。
この“視線の逆流”が、どこまで構造を壊すのか——知りたい」
画面の奥で、対象T_03(智子)がこちらを見返してきた。
その瞳の奥に、わずかに笑みのようなものが浮かんでいる。
観察と被観察の境界は、もう消えかけていた。




