逆流する視線
Bellflower_00。
そのファイル名が、大輔のPC画面に浮かび上がった瞬間、私は息を止めた。
七つの記録を経て、たどり着いた“最初の記録”。
けれど、その名前にはこれまで一度も触れられたことがなかった。
存在してはいけないものを、偶然見てしまったような——そんな感覚。
大輔は何も言わず、カーソルをゆっくりと動かしていた。
Bellflower_07の再生で見た不自然なカメラ視点、
会話に合わせて字幕のように流れる“観察者の説明文”。
あれ以来、私の中で何かが崩れかけていた。
カチ、と音がして、画面が暗転する。
そして、ノイズ混じりの映像が浮かび上がった。
映像の中で、私は見覚えのある部屋に立っていた。
旧企画室——でも、その天井の角、壁の隅々まで、数え切れないほどの小さなカメラが埋め込まれている。
Bellflower_07で見たのは一台だけだった。
けれど、Bellflower_00には、部屋全体が“観察のための装置”そのものとして映っていた。
映像の中の私が、机に座る大輔を見ている。
しかしその大輔は、こちらを見返すことなく、真っすぐ“どこか別の方向”を見ていた。
……そこには、カメラがあった。
私は気づく。
これは、私たちが「映されていた」映像じゃない。
私たちが“誰かを見ている”映像だ。
映像の中のカメラが、まるで生き物のように首を動かした。
私たちを映していたはずのレンズが、ゆっくりと——こちらの視点に向き直る。
その瞬間、画面がわずかに揺れ、
映像の外から別のカメラが“私たちの映像を見ている姿”を映し出した。
——視線が、逆流した。
私は椅子の背もたれを握りしめた。
観察されていたはずの私が、今、観察している側を見ている。
大輔の肩越しに見える映像の奥、
無機質な操作卓に並ぶ複数のモニター、
そこに映るのは——Bellflower_01から07まで、すべての記録の再生画面。
その席に座っている人影は、私たちをまっすぐ見返した。
黒く沈んだ瞳の奥に、わずかな動揺が浮かんでいる。
観察する側も、観察される側も、同じ映像の中に閉じ込められている。
画面の端に、赤い警告文が走った。
> 【観察構造エラー】
【記録の一貫性が失われています】
【視点分岐の危険性——高】
ノイズが走り、映像が途切れる。
真っ暗になったモニターに、私の顔が映り込んだ。
それは鏡ではなく——停止した観察映像。
私は映像の中の自分と、同じタイミングで瞬きをした。
呼吸が浅くなる。
この瞬間、私は確信した。
Bellflower_00は、
過去を記録した映像なんかじゃない。
今まさに起きている“観察の崩壊”そのものを映している。
背後で大輔が小さく呟いた。
「……向こうも、気づいたな」




