声が届く先
自分の声を、自分で聞いているはずなのに、どこか違和感がある。
イントネーション、文の切り方、語尾の伸ばし方。
どれも似ている。けれど——“同じじゃない”。
Bellflower_03の音声データ。
社内共有フォルダに断片的に残っていた数十秒のログ。
それは、誰かと自分が話している最中のやりとりの一部だった。
けれど、その「美咲の声」として記録されている側の音声が、どうしても“自分自身の記憶”と一致しない。
確かにそういう言い方をすることもある。
でも、あんなテンポじゃ言わない。
あんな言葉は選ばない。
それに、何より——
あのとき、そんな会話はしていない。
自分が記録されていた——その可能性を最初に疑ったのは、ほんの数日前だった。
でも今は違う。
これは、記録ではなく“編集”された記録だ。
誰かが自分の会話を切り貼りして、別の意味に差し替えたような、そんな感触。
音声の波形は限りなく自然に調整されていて、一見ノイズもない。
けれど波形の底部には、異常な振幅パターンがあった。
高音域だけが微妙に繰り返され、“合成された音声”特有の再構成痕が残っていた。
「ねえ、私……これ、本当に“自分の声”だと思う?」
そう誰かに訊きたくなって、やめた。
訊いたところで、誰も信じない。
自分ですら、信じたくない。
その晩、美咲は自分のイヤホンをつけて再度Bellflower_03の一部を再生した。
映像の背景には、社内の休憩スペースが映っている。
右奥には、自販機の赤いランプ。
その前に、誰かが立っている——
一瞬、画面が乱れ、人物のシルエットが左右にぶれる。
再生速度を0.25倍に落として、フレーム単位で確認する。
一瞬だけ、フレームの隅に**“黒いジャケットの後ろ姿”**が映っていた。
背丈。髪の形。首の傾け方。
——大輔。
いや、断定はできない。
でも、あれは見間違えるようなタイプの影じゃない。
彼は知っている。
たぶんずっと前から、なにかを。
映像の中の“彼”が本当に大輔なのか、それはまだ確信できない。
でも、どこかで知っていた。
——彼なら、こういうときに表に出てこないことを。
誰よりも早く気づいていて、
誰よりも後ろで静かに見ている。
いつもそうだった。だからこそ、怖い。
自分の声が、自分でない誰かに書き換えられている感覚。
これは「記録」ではない。
**「再構成された過去」**だ。
それを上書きされていることに、ようやく自分が追いついたにすぎない。
ふと、自分のデスクのPCに視線を落とす。
画面には、社内のセキュリティログ一覧。
Bellflowerプロジェクト関連のアクセス権限リストが並んでいる。
その中に、ひとつだけ不自然な項目があった。
> アクセス要請ログ:
Bellflower_07.enc(※未承認)
最終申請者:Y_Kuwata
処理結果:申請却下(上層管理者:Y_Yuki)
桑田——彼もまた、このファイルに触れようとしていた。
そして、結城に拒まれていた。
Bellflower_07。
その記録だけが、現在も“未公開”のまま保留されている。
誰にも開かれていない——ことになっている。
でも、違う。大輔が、あるいは——自分自身が、もうどこかで見ていたかもしれない。
自分の声が歪められていた理由。
自分ではない誰かにされそうになっていた“痕跡”。
それを知るには、もうここしかない。
手は震えていた。
でも、指先だけが冷静だった。
ログイン。
アクセス要請。
Bellflower_07のファイル名を、手動で入力。
> 【申請を送信しますか?】
[YES] [NO]
——YES。
クリックの音だけが、部屋に響いた。




