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君のカンパニュラ  作者: 9どう?亜依


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20/52

再生された過去

Bellflower_07。

 そのファイル名が画面に表示されたのは、まったくの偶然だった。

 美咲が送信したアクセス申請の通知が、共有ネットワークを経由して一時的に表示されたのだ。


 私のPCのフォルダには、そんなファイルは存在しないはずだった。

 けれど、そこに確かに「Bellflower_07.enc」という名前が並んでいた。


 一瞬、クリックする指がためらった。

 けれど——もう、知ってしまったものは仕方ない。

 “見てしまったら最後”なんて、今さらだ。


 ファイルを開くと、暗号化解除のウィンドウが現れた。

 パスワード欄にカーソルを合わせる。


 何を入力すればいいか、わからなかった。

 でも、自然と指が動いていた。


 「blue」


 小さな音がして、画面が切り替わった。

 Bellflower_07の映像ファイルが、無音のまま再生を開始する。


 映し出されたのは、旧企画室——通称“美術室”。

 ただ、今までの映像とは違う。

 カメラの位置が、明らかに不自然だった。


 高すぎる。

 これは、天井近くに設置された観察カメラの視点。


 映像の端には、微かにカメラのフレームが写り込んでいる。


 部屋の中には、美咲と……私がいた。

 だけど、どこかがおかしい。

 会話が始まっているのに、音声が入っていない。

 代わりに、映像の下部に文字が表示される。


> 【対象者T_03、対象者A_06 記録開始】


 この映像は、最初から“誰かに見せるため”に作られている。

 記録ではなく、観察記録の“デモンストレーション”のような映像だった。

Bellflower_07の映像は続いていた。

 私と美咲が会話を交わしている風景。

 けれど音はない。ただ、下に表示される“説明文”が映像を補足する形で流れていく。


> 【対象A_06、反応観察中。

対象T_03による無意識下での誘導確認。

次フレームで感情データの取得を行う。】


 ——誘導?

 私が?

 何を?


 映像のタイムスタンプが、妙な速度で進んでいることに気づく。

 本来の時間の流れとは違い、数秒ごとに飛び飛びの“場面”だけが繋げられている。


 これは、“流れ”を記録している映像ではない。

 特定の瞬間だけを拾い集めて作られた“映像のための映像”だ。


 突然、画面が切り替わった。


 美咲が手にしていた青い紙片を、私が受け取る場面。

 その紙片を開くと、そこに書かれていた文字が映像内で強調される。


> 【RETRY】


 その瞬間、映像のフレームが乱れた。

 映像の中の“私”が、一瞬だけカメラに視線を向ける。


 ……いや、それは私のはずだった。

 でも、その目線は誰か別の人物が“私を演じている”ような違和感を持っていた。


 映像が停止する。


 画面に、次のメッセージが表示された。


> 【記録は、誰かに見せるために存在する。

Bellflower_07——これは、“観察する側”に渡された映像である。】


 指先が冷たくなった。

 これは記録なんかじゃない。

 最初から「見せる」ために編集された、“記録を装った映像”だったんだ。


 私たちが誰かに観察されていた、のではない。

 誰かが“見せたかった”映像を、私たちは自分の過去として信じ込まされていた。


 Bellflower_07は、

 私たちの過去を観察するためではなく、

 私たちに“これが過去だ”と思わせるための映像だった。


 画面がブラックアウトする直前、

 一瞬だけ“誰かの背中”がフレームインした。

 それは、どこかで見覚えのある……大輔の後ろ姿に似ていた。

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