再生された過去
Bellflower_07。
そのファイル名が画面に表示されたのは、まったくの偶然だった。
美咲が送信したアクセス申請の通知が、共有ネットワークを経由して一時的に表示されたのだ。
私のPCのフォルダには、そんなファイルは存在しないはずだった。
けれど、そこに確かに「Bellflower_07.enc」という名前が並んでいた。
一瞬、クリックする指がためらった。
けれど——もう、知ってしまったものは仕方ない。
“見てしまったら最後”なんて、今さらだ。
ファイルを開くと、暗号化解除のウィンドウが現れた。
パスワード欄にカーソルを合わせる。
何を入力すればいいか、わからなかった。
でも、自然と指が動いていた。
「blue」
小さな音がして、画面が切り替わった。
Bellflower_07の映像ファイルが、無音のまま再生を開始する。
映し出されたのは、旧企画室——通称“美術室”。
ただ、今までの映像とは違う。
カメラの位置が、明らかに不自然だった。
高すぎる。
これは、天井近くに設置された観察カメラの視点。
映像の端には、微かにカメラのフレームが写り込んでいる。
部屋の中には、美咲と……私がいた。
だけど、どこかがおかしい。
会話が始まっているのに、音声が入っていない。
代わりに、映像の下部に文字が表示される。
> 【対象者T_03、対象者A_06 記録開始】
この映像は、最初から“誰かに見せるため”に作られている。
記録ではなく、観察記録の“デモンストレーション”のような映像だった。
Bellflower_07の映像は続いていた。
私と美咲が会話を交わしている風景。
けれど音はない。ただ、下に表示される“説明文”が映像を補足する形で流れていく。
> 【対象A_06、反応観察中。
対象T_03による無意識下での誘導確認。
次フレームで感情データの取得を行う。】
——誘導?
私が?
何を?
映像のタイムスタンプが、妙な速度で進んでいることに気づく。
本来の時間の流れとは違い、数秒ごとに飛び飛びの“場面”だけが繋げられている。
これは、“流れ”を記録している映像ではない。
特定の瞬間だけを拾い集めて作られた“映像のための映像”だ。
突然、画面が切り替わった。
美咲が手にしていた青い紙片を、私が受け取る場面。
その紙片を開くと、そこに書かれていた文字が映像内で強調される。
> 【RETRY】
その瞬間、映像のフレームが乱れた。
映像の中の“私”が、一瞬だけカメラに視線を向ける。
……いや、それは私のはずだった。
でも、その目線は誰か別の人物が“私を演じている”ような違和感を持っていた。
映像が停止する。
画面に、次のメッセージが表示された。
> 【記録は、誰かに見せるために存在する。
Bellflower_07——これは、“観察する側”に渡された映像である。】
指先が冷たくなった。
これは記録なんかじゃない。
最初から「見せる」ために編集された、“記録を装った映像”だったんだ。
私たちが誰かに観察されていた、のではない。
誰かが“見せたかった”映像を、私たちは自分の過去として信じ込まされていた。
Bellflower_07は、
私たちの過去を観察するためではなく、
私たちに“これが過去だ”と思わせるための映像だった。
画面がブラックアウトする直前、
一瞬だけ“誰かの背中”がフレームインした。
それは、どこかで見覚えのある……大輔の後ろ姿に似ていた。




