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君のカンパニュラ  作者: 9どう?亜依


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17/52

編集された真実

 記録されていた。

 それを思い出したのは、“誰にも記録されていないはずの自分”が、画面の隅にちらりと映っていたからだった。


 あの日、旧企画室——いや、“美術室”と呼ばれていたあの部屋に足を踏み入れたのは、たしか月曜の昼過ぎ。

 データ整理という名目で一人残ったあの時間、カーテン越しに誰かが覗いていた。

 気のせいだと思った。そう処理して、忘れた。


 でも、それはBellflower_05の映像の隅に、ほんの数フレームだけ映っていた。


 自分の腕だった。

 服の袖口のほつれ方まで、はっきりと覚えている。


 なぜ覚えているか?

 そのときの記録を、自分でも見たからだ。


 記録者だったのか?

 いや、違う。

 自分は“記録対象だった”。でも——途中で外された。


 Bellflowerの存在は、当初「テスト用プロジェクト」として伝えられていた。

 “業務中の映像サンプルを分析に使う”と。

 匿名で。非公開で。

 「映るだけ。顔も音声も加工する」と言われ、了承のサインも出した。

 大したことはないと思っていた。けれどある日、呼び出された。


 ――“君の記録は不要になった”

 そう言ったのは、結城という名の男だった。

 声は冷静で、どこか合成音のようだった。

 「分析に適さない反応パターンだった」と言われた。

 その言葉の意味を訊き返すと、ただ「そう記録されている」とだけ返された。


 後に気づいた。

 あれは**「対象者として不都合な何かに気づいた」**からだ。

 記録されている自分が、それを画面越しに見返すうちに、

 “カメラの存在”そのものに意識が向いてしまったのだ。


 そして、Bellflower_00という未公開の映像。

 たった一度、誤ってアクセスできた数秒間。

 そこには美咲の姿と、自分の声が同時に記録されていた。


 時間が合わない。

 その日、自分は美咲と会っていないはずだった。


 Bellflower_00。

 一覧には存在しないそのファイル名は、フォルダのソート中に偶然現れた。

 一瞬だけ表示され、すぐに一覧から消えた。


 気のせいかと思ったが、ログの履歴に残っていた“開封履歴”だけが証拠になった。

 アクセス者:Kuwata.

 端末ID:△△-C3F42。

 時刻:23:41。


 けれどその時刻、自分はそのPCの前にいなかった。


 あの夜、端末は起動され、誰かが自分のアカウントでBellflower_00を開いていた。

 残されたログには「再生:13秒」「再生停止:手動」とだけ残る。

 その間に何が映っていたのかは、わからない。

 だが、再生後、自分の記録はすべて“編集済”として処理された。


 その扱いは他の記録対象者と異なる。

 美咲も智子も、大輔も、未編集状態のまま記録が残されている。

 自分だけが、“操作されたログ”として区別されていた。


 ――何が起きた?

 なぜ自分だけが「観察対象」から外された?


 答えは出ない。

 けれど、ひとつの感触だけはある。


 Bellflower_00の再生ログに付けられた、“記録備考”の欄。

 暗号化されていたその文は、復号すると次のように表示された。


> 「対象K、結城主査の裁定により、記録を制限。

観察中に“視線の逆流”を検知。

Bellflower構造維持のため、適用範囲外に処理。」


 視線の逆流——それが何を意味するのかは分からない。

 だが、あのとき感じたあの妙な違和感。

 “画面越しに誰かと目が合った”ような、あの感覚。


 それ以来、自分の記録は更新されていない。

 会社の中では、Bellflowerに関する話題も出されなくなった。

 それどころか、美咲や智子の様子に微妙な変化があるのも感じていた。


 俺はまだ観察されているのか?

 それとも、観察されないことで、より深い層に入ってしまったのか。


 視線を感じる。

 この文章を書いている“この瞬間”でさえ、誰かが背後から——


 違う。

 誰かではない。


 “構造”そのものが、見ている。

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