編集された真実
記録されていた。
それを思い出したのは、“誰にも記録されていないはずの自分”が、画面の隅にちらりと映っていたからだった。
あの日、旧企画室——いや、“美術室”と呼ばれていたあの部屋に足を踏み入れたのは、たしか月曜の昼過ぎ。
データ整理という名目で一人残ったあの時間、カーテン越しに誰かが覗いていた。
気のせいだと思った。そう処理して、忘れた。
でも、それはBellflower_05の映像の隅に、ほんの数フレームだけ映っていた。
自分の腕だった。
服の袖口のほつれ方まで、はっきりと覚えている。
なぜ覚えているか?
そのときの記録を、自分でも見たからだ。
記録者だったのか?
いや、違う。
自分は“記録対象だった”。でも——途中で外された。
Bellflowerの存在は、当初「テスト用プロジェクト」として伝えられていた。
“業務中の映像サンプルを分析に使う”と。
匿名で。非公開で。
「映るだけ。顔も音声も加工する」と言われ、了承のサインも出した。
大したことはないと思っていた。けれどある日、呼び出された。
――“君の記録は不要になった”
そう言ったのは、結城という名の男だった。
声は冷静で、どこか合成音のようだった。
「分析に適さない反応パターンだった」と言われた。
その言葉の意味を訊き返すと、ただ「そう記録されている」とだけ返された。
後に気づいた。
あれは**「対象者として不都合な何かに気づいた」**からだ。
記録されている自分が、それを画面越しに見返すうちに、
“カメラの存在”そのものに意識が向いてしまったのだ。
そして、Bellflower_00という未公開の映像。
たった一度、誤ってアクセスできた数秒間。
そこには美咲の姿と、自分の声が同時に記録されていた。
時間が合わない。
その日、自分は美咲と会っていないはずだった。
Bellflower_00。
一覧には存在しないそのファイル名は、フォルダのソート中に偶然現れた。
一瞬だけ表示され、すぐに一覧から消えた。
気のせいかと思ったが、ログの履歴に残っていた“開封履歴”だけが証拠になった。
アクセス者:Kuwata.
端末ID:△△-C3F42。
時刻:23:41。
けれどその時刻、自分はそのPCの前にいなかった。
あの夜、端末は起動され、誰かが自分のアカウントでBellflower_00を開いていた。
残されたログには「再生:13秒」「再生停止:手動」とだけ残る。
その間に何が映っていたのかは、わからない。
だが、再生後、自分の記録はすべて“編集済”として処理された。
その扱いは他の記録対象者と異なる。
美咲も智子も、大輔も、未編集状態のまま記録が残されている。
自分だけが、“操作されたログ”として区別されていた。
――何が起きた?
なぜ自分だけが「観察対象」から外された?
答えは出ない。
けれど、ひとつの感触だけはある。
Bellflower_00の再生ログに付けられた、“記録備考”の欄。
暗号化されていたその文は、復号すると次のように表示された。
> 「対象K、結城主査の裁定により、記録を制限。
観察中に“視線の逆流”を検知。
Bellflower構造維持のため、適用範囲外に処理。」
視線の逆流——それが何を意味するのかは分からない。
だが、あのとき感じたあの妙な違和感。
“画面越しに誰かと目が合った”ような、あの感覚。
それ以来、自分の記録は更新されていない。
会社の中では、Bellflowerに関する話題も出されなくなった。
それどころか、美咲や智子の様子に微妙な変化があるのも感じていた。
俺はまだ観察されているのか?
それとも、観察されないことで、より深い層に入ってしまったのか。
視線を感じる。
この文章を書いている“この瞬間”でさえ、誰かが背後から——
違う。
誰かではない。
“構造”そのものが、見ている。




