始まりの記録2
記録は、ただの過去じゃない。
目を逸らせばすり抜けるくせに、見つめ続けると逆にこっちを蝕んでくる。
いま私の前で開かれているのは、Bellflower_01から06までのログだ。
名前だけなら何度も見た。けれど、最初から通して“順に見る”のは、今回が初めてだった。
部屋の明かりを落とし、イヤホンを耳に差し込む。
ノイズのない環境で集中するには、光も音も削った方がいい。
大輔がやる気を見せないぶん、こういう作業は私がやるしかない。
01。
美咲が誰かと話している映像。音声はわずかにブレている。
青い紙片が、机の端に置かれている。
02。
桑田。カメラのフレームがわずかに不安定。
手元にあるのは、やはり青い紙片。
03。
私自身が映っていた記録。大輔と話していた、あのときだ。
そこでも、背景のホワイトボードに何か青い付箋のようなものが貼られていた。
指先が止まる。
私は再生を巻き戻した。
03の映像、私の背後——そこに、あった。やっぱり“それ”が。
「なんで、どの映像にも……?」
目を凝らす。小さな、色褪せた青。
どれも明確に映るわけじゃない。けれど、意図的に“そこにある”ようにしか見えない。
私はノートを開き、書き出していく。
Bellflower_01:青い紙片(机の右端)
Bellflower_02:青い紙片(資料の下にちらり)
Bellflower_03:青い付箋
Bellflower_04:不明(暗いが、左奥の棚に?)
Bellflower_05:カーテンの下に何か丸いもの?
Bellflower_06:大輔と私の映像、床の隅に紙片(回収済み?)
「配置されてる……? まさか、わざと?」
もしそうなら、これはただの偶然じゃない。
“誰か”が、どの映像にも“共通の何か”を入れていたということになる。
私はファイルを並べて表示し、それぞれの再生時間、映像の明るさ、開始位置と終了位置をノートにメモしていった。
すると、ある奇妙なことに気づく。
どの記録も、会話の最中に終わっている。
文脈が切れているとか、話が中断されたというわけじゃない。
まるで「編集されたかのように」、一言、あるいは視線の動きの直前で映像が切れていた。
Bellflower_01、美咲が「……で、でも、あのとき――」と言いかけて終わる。
Bellflower_02、桑田が左を見る瞬間、ぷつりと映像が切れる。
Bellflower_03、私の目線が手元の青い紙に落ちた瞬間。
「……これって、全部“見られている”ことに気づいた瞬間じゃない……?」
そう思うと、背中が冷たくなる。
この記録たちは、“観察されていることに気づきかけた場面”だけを選んで保存されていたのかもしれない。
そして、Bellflower_06。
大輔と私が会話していたときの映像。
思い返せばあのとき、大輔は妙に話を逸らしたような気がした。
私が紙片に触れようとした瞬間——彼がふざけて椅子を軋ませて、私の注意を逸らした。
「……気づいてた?」
私はつぶやいた。
あのときすでに、大輔はこの記録に何か“意図”を感じていたのだろうか。
でも、彼は何も言わなかった。言いたくなかったのか、言えなかったのか。
再生ウィンドウをすべて閉じ、
PCフォルダの下段にある【Bellflower_07】のファイルにカーソルを合わせる。
ファイルサイズは異様に大きく、拡張子は【.enc】——暗号化されている。
私は息を整え、クリックする。
画面が暗転し、パスコード入力を求められた。
心当たりのある語をいくつか入力してみる。
【password】→誤り。
【Bellflower】→誤り。
【takashi】→誤り。
【0701】→……反応なし。
最後に、思いついたように入力する。
【blue】。
一瞬、画面がフラッシュし、何かが読み込まれるような反応。
でも、次の瞬間——
「このファイルは現在、使用できません」
という文字とともに、ウィンドウが自動で閉じられた。
デスクの上には、いま再生した記録のメモと、
そして……先日私が回収した、小さく丸められた青い紙片が置かれている。
その紙片を開くと、何も書かれていなかった。
ただ、角がほんのわずかに焦げている。
誰が、何のために。
どうして、私たちは“選ばれた”のか。
わからない。
でも、たしかに何かが見ていた。
記録していた。
そして、まだその続きを見せようとしていない。




