⑧ クールダウン
ダン!と一段高で動き出したトレッドミル。アスリート風の男性患者はやや小走りになる。
間宮の手前の黒・緑表示画面には、心電図の変化がオンタイムで表示。患者の胸の電極からのケーブルが、長く伸びている。
「先日は、あの・・・」間宮は声が震えていた。
「ちゃんと変化見て」珍しく顔を出してくれた、小川。いや、彼がここに来たのは・・・医局に教授が居座っているからだ。大学医局は、教授がいるかいないかで雰囲気がガラリと変わる。特に院生らは恐れている。新たな用事を思い出されたり、忘れたはずの悪材料を思い出してしまうかもしれないからだ。
「目標心拍数、達します。終了」
間宮はキーを押し、ウィーンとクールダウンが始まった。
「ST下がってます。2ミリ近く」
「ゆっくり横になってもらえ」命令形なのは当然だが、小川もとっくに落ち着きを取り戻している。
いろんな現場で医師らの化学反応が起こるのは珍しくない。刻一刻を争う場合、よかれという主張が異なりぶつかる。思うようにいかず手間取る。しかしそれを引きずってまた違う現場に行くと、手元がもう冷静ではない。本来の医療はできない。いまの運動負荷のように、クールダウンが重要だ。もちろん、そのときどれだけ自分を鑑みているかだが・・・。
患者は無症状で、横になっている。
間宮は外来カルテを見ているが・・・
「読めません」
「教授の字はな。文語体だから。いやいや、例えだよたとえ」
「労作性の狭心症で、早めのカテーテル検査を」
「それを決めるのは、俺たちじゃないから」
心電図・・いっこうに虚血所見の回復がみられない。
「あの、今動いてもらうのは」
「どして。次の症例!」
「STがさらに・・」下がるほど、虚血の程度は高い。
「うんまあ、いつかは戻るやろ。本人は大丈夫だと」
患者は起き上がって、少しうずくまっている。
「あっ!」間宮が駆け寄った。
「なんか、へん・・・」50代の筋肉質は、殴られたように苦しんでいる。
「まずは、まずは安静に!」
「ニトロ!ニトロニトロ!」
そのために置いてある台車、救急カートの引き出しを引っ張る。
「あった!これですよね?」
「はよやれはよれ」小川、やはりイラチである。ピピピ・・と彼のポケベル。
「これを舌の下に、含んで・・」間宮は冷静だった。
「ちょっと呼ばれたんで、行ってくる」小川、出る。
「あっ・・」
パタン・・・と閉まった。横では、また同僚による呼吸機能検査。
「はーい!いきすってー!」「ケケケ」
オーベンのハタケの笑い声。何が面白いのか・・・すべてはカーテンの向こう。わからない。
「どうです?一番痛かったのが10として。今は・・?」
患者は汗が多くなったようだが
「ましまし・・でも、まだここが」
左肩を指さした。
「肩ではなくて、胸は」
「いや、胸自体はなんとか」
ST変化・・虚血変化はそれ以上は進んではない。しかしまだ回復ではない。
ドオン、ドオンとドアをたたく音。
「ああの、さっきから待ってるんですけどー!」
次の患者の催促。無理もない、もう1時間待たされてる。
「お待ちくださーい!」
「はよせやボケ!」バアン!と大きな殴打で静まった。
「・・・・あ、あとは外来で」
「行けますから・・・」ゆらっと立ち上がる。
「待って!車椅子!」
たしか、廊下に常備して何台か・・・廊下へバン、と出た。
「な、ない!」
さきほどのクレーマーが舌打ち。60代くらいの太った女性。
「なんや女の先生か。だから遅いんや」
「・・・・・・」呆然とした間宮の背後、男性患者は歩いて行った。普通に歩いている。
「女医さんありがとう。外来行ってますから。持っていきますね結果の書類」
手を挙げたが、無理しているような・・・
「ではどうぞ」
「チッ!」と女性が舌打ち。
その女性が中で服を脱いでいると、美女医の川口がパニックで入ってきた。
「ちょっとごめーん!あ、すみません」
「?」
「循環器マニュアルもってない?指導医の先生が見せろって」
「今はごめん、ないの」
「えーいつも持ってたじゃん!でもそっかーひい!」
出て行ったのも気に留めず、間宮は淡々と作業。傾いたポケットからのぞく、循環器マニュアル。はみだした分、手で戻す。
(前奏)
内線がかかってきた。
「はい、間宮です」
『まみやか、まみややな』松田の声。相変わらずけだるい。
「いま、立て込んでまして」
『とんでもないことに、なっとりまっせ~』
「?」
「・・・・・・」(以下、「夏が来る」)
夏が来る きっと夏は来る 頑張ってるんだから絶対来る
恐がられても 煙たがられても
諦めない 悔しいじゃない もう後には引けない
「何が足りない・・・。どこが良くない・・・。」
どんなに努力し続けても
残されるのは あぁ結局
何でも知ってる女王様
それでも夏はきっと来る
(大学病院に向けて、撃つ仕草)
私の夏はきっと来る!




