⑥ 伝票
午前中の検査担当も、なんか慣れた感じ。病棟の回診は学会出張で何度も飛ばされてたが、それもようやく今日、見れる。田宮少年は、半袖からのびる日焼けた腕を何度も曲げていた。
「暇っすねー」
「毎日来てるね。当たり前だけど」野中が、目つき尖らせながらニヤつく。
「そりゃ授業じゃないから。社会人だし」
カンファレンスルームの静かな午後。
「来週からやっと患者、充てられるんだって」田宮はつぶやいた。
「・・・だね。早く、AMI見たいなー!」急性心筋梗塞。
「いまは病棟が満床だから、早朝の症例も断ったらしい」
「・・・?」
野中はあくびを止めた。
「なんで知ってんの?」
「あ・・・新人ナースから」
「ああ。あの可愛い子。やるね~」
いや、野中はもう知ってる。研修医がみな集まる1か月前からここを手伝っている。
<田宮の彼女がここの病棟に来るらしい>という話でもう聞いていた。
「可愛い・・かな」
「じゃないの?」
壁側に目をやると、各研修医の本棚に本の羅列。要は、学生の時に使ってた本が置いてある。解剖学や組織学ははたして要るのか・・いやいや、けっこう必要な時もある。
「ノナキーは、仕送り?」
「いや、僕はカードだからそういうのは」
「さすがボンボン」
「ボンボンじゃない。それは違う。親が医者なのは君だって」
とたん、田宮の顔が沈んだ。
ドン!と間宮が入ってきた。
「心筋梗塞、来たの?」
「はあ?」野中が呆れた。「来てないだろ。うちは満床で」
「えっ?戻したの?」
「そうじゃなくて!」
廊下からまた、パタパタ・・と早走り。
「来た?来ただと心筋梗塞が!」小川・・・循環器グループ。間宮の運動負荷担当の。
「はい!でも、いえ!」間宮は動転していた。
「は?どっち?」
「来たけど帰った。え?でも来てなかった?え?」
「どうなんじゃ!」
短気な小川の顔が、少しずつ赤くなってきた。
「研修医ら、さあボケっとせずに立ち上がって!」
聞く耳持たず、シッシッと追い出す。外のエレベーターを押すハタケ。
「研修医は!心筋梗塞来たんなら!一斉集合じゃあ!」
しかし、小川に頭をポンとしばかれた。
「あっ」
「かいだんで、いけええ!」
非常口ドアが開き、研修医らは次々と数段ずつ降りて行った。
「マミー!間宮!ちゃんと小川先生に言わないから!」野中は仕方なく走っていた。
「えーでも!えーでも!ひょっとしたら来てる可能性が100%ないって言える?はあはあ」
「来てないのに、行ってもしょうがないだろ!」
最前列のユウキが、立ち止まった。
「なんだ。そうなの?」
「うわああああ!」一同、みななだれ込んだ。スローモーションで、1人1人落ちていく。
パタパタ埃を払いつつ、みなゆっくり歩きだした。
すると、ピピピピ・・・・・
野中の白衣ポケットから端末。
「ポケベルだ。どっからかな」当時のは番号表示すらない。とりあえず自分の番号にかけるしかない。
「ていうか、このまま救急外来へ行こう。すぐそこだし」
救急外来はしかし、もぬけの殻だろう・・・と思ったら。
「きてるじゃん!」川口が思わず、また手を口に。確かにストレッチャーに患者らしき人が移ったばかり。救急隊員3人は、おじぎした。
「では、よろしくお願いいたします!男性65歳!」メモをわたす。
「あの!」
「失礼します!」
隊員らが出て、研修医らと患者だけに。メモは・・・
「心窩部痛ってある。でも、今来たばっかりだよね。朝断ったのは早朝だから、違う患者さんよね」
「とにかく、バイタルだ!」野中は血圧計など引っ張った。
ユウキは意識などを確かめている。
「そうですか。今も痛い・・・心電図ある!それ!」
「あたしが用意するの?」間宮はまだテンパっていた。
心電図の録り方が、ユウキにはよく判らない。
「どいてくれる?」間宮が慣れた手つき。
「あ、ああ。たのむ」
田宮は遠くから見ているだけ。野中は見かねた。
「タミー。手伝ってくれよー!」
「みんな、やってるから俺。することないし」
川口がさっとやってきた。怖い顔で
「ちょっち患者さんが聞いてるでしょ!」
田宮の血の気が引いた。
野中は心電図を確認。
「異常ない。ないよね?」
「クロックワイズ・・」間宮がバイタル取りがてらつぶやく。
「有意なものだけでいーから!」
田宮は淡々と語った。
「国家試験とは違うね。ア~エの、いずれでもない」
「でもそういう選択肢も、あっただろ?」野中が答えた。
「僕が言いたいのは。まずは上の先生を呼ぶってこと」
65歳男性は、叫んだ。
「イタイイタイ・・・こ、この痛みを何とかしてくださいや!」
「はい!」ユウキは答えた。
「おいユウキくん。診断まだなのに!」野中が仕切る。
「うん」
「うん、って・・・」
「レントゲン!レントゲンはどうすりゃ呼べるかな!」
間宮が内線で電話。
『放射線部です』
「れれれ、れれれ!」
パニックだ。
「レレレのおばさんかよ・・・」ユウキはつぶやいた。
「ナイス!」小さく川口が小突いた。
「なんか言った?」
『ハイ?』
「ごごご、ごめんなさい!救急外来です!至急、レントゲンをこちらで!」
『本日の撮影窓口は、終了しております
「えーっ!なんで!」
野中は川口の肩をたたいた。
「変わってやって」
「そうね。リン!あたしやるから!」
間宮は、赤ん坊のような泣き顔に。
「うわぁ。なんでよなんでよ!なんで終わってるのよぉ-!」
突然
「コラア!」
さきほどの小川が現れた。顔が真っ赤だ。
「騒がしいと思ったら!バイタルは!病名は!部位は!間宮くん・・・・?」
間宮は震えて泣いている。
「ど、どした・・・?こた、こたえろ野中ぁ!
「ぼ、僕じゃないです!」
「jじゃあ誰だー!」今度は田宮に。
「ちがうっす!」
「どけい」
ユウキが飛ばされ、心電図を見る。
「うーん・・・うーん」
聴診。
「ううーん・・・うーん」
患者はまだ痛がっている。
「採血、点滴ルートは」
「き、器具の場所が」間宮が戻った。
「基本だろうがああ!」
「ひっ!」
「あの!いいっすか!」
「なんじゃあ!」振り向くと、放射線技師がポータブル押している。
「撮影、要らないんですか?」
「は、はやく!」
「・・・・・・伝票」ガスマスク顔の技師は無表情に問うた。
(前奏)
「あああん、もう!いちいち伝票かよいっちいち!」
小川はPCの前に座って、キーをはじき始めた。
ウィーン、と伝票が真上に。
「さっさと撮影せんかいっ!
技師は眠たそうに、またつぶやく。
「伝票」
「・・・・・・」(以下、「夏が来る」)
(長い階段を降りる日傘の女性)
近頃 周りが騒がしい 結婚するとかしないとか
社会の常識・親類関係 心配されるほど意地になる
(横切る、医局員らのイメージ)
私が好きになるぐらいの
男には当然 目ざとい誰かいて
お見合い相手の付録に一瞬グラッとするけど
One More Chance!!
本気の愛が欲しい
(床で手を伸ばす研修医ら)
夏が来る きっと夏は来る 頑張ってるんだから絶対来る
恐がられても 煙たがられても
諦めない 悔しいじゃない もう後には引けない
「何が足りない・・・。どこが良くない・・・。」
どんなに努力し続けても
残されるのは あぁ結局
何でも知ってる女王様
それでも夏はきっと来る
(大学病院に向けて、撃つ仕草)
私の夏はきっと来る!




