⑤ 宮川という男
会議室では、後ろに行列ほどの人だかり。50席ほどはもう埋め尽くされている。最前列7人は学生。
膠原病科のドクターが話している。3年目といいうところか。
「肺高血圧が著明で、3か月前の所見より悪化がみられています」
横で、松田がそわそわ準備中。どうやら、合同カンファレンスのようだ。
権力のありそうなドクターらが1人、また1人と席を立っては戻ってくる。シャーカステンの画像におじぎをしながら。だが所見は一瞬だ。何を見るべきかもうわかっている場合、所見は早い。下の医者が1時間かかるとこを、上級医師は数秒で一瞥処理する。
研修医が本来、患者に24時ひっつく必要があるのはそこにある。上級医が数秒で結論を出せるのも、そもそもそういった訓練があったからこそ。処理能力が早くなれば、エンジンのオンオフで瞬時に対応できる。
「ですので、循環器科にカテーテルを挿入していただき、肺動脈圧をうちの病棟で観察、あ。どうも」
そこへ松田が躍り出た。
「遅れてごめんね」周囲の笑いを誘う。いいムードメーカーかもしれない。助教授が肩入れするのもわかる。
「治験の血管拡張剤を投与して、観察中です。僕が病棟で見たときは若干肺動脈圧は下がってました」
「効いたってこと?」と松田。
「とは言ってませんよ。ひとことも」
またワハー!と声が轟いた。
「もうちょっと、そちらには現状加療を継続してもらってやね」と松田
「あのですね」膠原病医はどうしてもと、遮った。
「当病棟ではそのですね。右心カテーテルのモニタリングは。観察は不慣れなものでして。マンパワー的に困難なんですよ」
「ふなれ」
「そう、ぶっちゃけ不慣れなんです。病棟の看護婦さんたちもその、非常事態時のことなどその。クレームがありまして」
「それ。俺へのクレーム?顔?」
またドッと湧き上がる。
「とと、とんでもない。僕へのです」
「頼りないから?」
「まあそうですかね」
「おいおい。主治医だろ」
気が付いたら、間宮もドッと笑う一員になってた。すぐに息を殺した。川口は大きい口で泣かんばかりだ。加納少年は退屈そうにうつむく。彼は学生の時授業にほとんど来ていない。ここへの入局も、親の圧力という噂。
「ですので、膠原病下での観察でなく、病棟の転科をお願いできればと」やっと本音が出た。
「看護婦が不安やったら・・・その。君がずっと病棟にいたらいいやん」
「ずっと?」
「うん」
「・・・」
「だって・・・主治医やろ?」
今度は誰も笑わない。
「主治医なら、ちゃんとせいや。じゃ」
松田は書類をトントンそろえ、後方へ歩いていった。すれ違いざま見上げる医師たち。いっぽう、我が医局の橋口医局長が前へ。
「まあ、治療も一段落しとりますしな。どれどれ肺動脈圧が・・・」各自、雑談も始まった。どうやらお開きか。
宮川は腕組みしたまま松田を迎えた。
「まっちゃん、やるな」
「マジ腹立つわ」
「でもよく言った。君らは、どっちの側かな」
珍しく、少しニヤついた。
「どっちを目指す?」間宮に視線。
「ええっ?どっちって・・・?」
「人間はね。どっちかだよ。理想か、本能か。使い分けて生きてんだ。自分をどっちにも任せられないから」
川口が顔を傾けた。
「?よく内容が・・・」
次々と、椅子が片づけられていく。ユウキや田宮らが向かった。
「でも、理想とか本能とか、いっしょだったらよくない?もう生きてるままがさ、生き様が本能で理想でもあるっつーか」
「それが。それが医師という、仕事・・・」間宮がつぶやいた。
「そうだ、俺の言いたいこと!」
「・・・・」
「理想を本能で取り組む精神!それを何という?」今度は野中が指さされた。
「ほ、本能で・・・心の底から、理想を・・・ですか?」
「ま、いーよ。はい宿題!」
バン、と宮川は出た。
(前奏)
ハタケはいかつい顔で、睨むように見ていた。
「あいつ、また・・・」
松田も閉まるドアを見ていた。
「再発せんやろな」
研修医らには、何もわからなかった。しかし、もうすぐ他の医師のことは目に入らなくなる。もうすぐ・・・とても、それどころでもなくなる。
「・・・・・・」(以下、「夏が来る」)
(長い階段を降りる日傘の女性)
近頃 周りが騒がしい 結婚するとかしないとか
社会の常識・親類関係 心配されるほど意地になる
(横切る、医局員らのイメージ)
私が好きになるぐらいの
男には当然 目ざとい誰かいて
お見合い相手の付録に一瞬グラッとするけど
One More Chance!!
本気の愛が欲しい
(床で手を伸ばす研修医ら)
夏が来る きっと夏は来る 頑張ってるんだから絶対来る
恐がられても 煙たがられても
諦めない 悔しいじゃない もう後には引けない
「何が足りない・・・。どこが良くない・・・。」
どんなに努力し続けても
残されるのは あぁ結局
何でも知ってる女王様
それでも夏はきっと来る
(大学病院に向けて、撃つ仕草)
私の夏はきっと来る!




