③ 検査室
いきなり患者さんが割り当てられ・・るわけではなかった。
業務はいろいろある。間宮ら研修医5人には、まず外来の業務がある。彼らが担当するのは、診断や治療を直接する場ではなく・・まあ良い言い方をするなら、検査部という立役者だ。大学病院は特にそうだが、検査技師だけでは数が追い付けない。いや、研修医はそもそも最底辺なのであって。要は、みんなが一番いやがることをさせられる。
苦行の声は届かない。人口ピラミッド最底辺の、宿命だ。
「おはよーございまーす」
スタンダードに挨拶ののち、間宮は朝早く運動負荷心電図室、に入った。真っ白な白衣はやっぱり目立つ。ちょっと小太りの彼女は、それがかえって強調されているようで嫌だった。ま、でも忙しくなったら痩せれるからいっか・・・。
「おーはやいねー」
後ろから、チャリ、チャリと鍵を鳴らしつつ担当の医師がやってきた。「そばかすデブ」というひどいあだ名の小川。ファッションにも無頓着なよくいる循環器だが、これでも指導医の資格を持つ40代だ。
「バツイチだけどな」と、ハタケオーベンが余計なことを吹き込んでいた。
「小川先生、よろしくお願いします!」
「・・」特に循環器グループはプライドが高く、返事しない。大事なのは要件だ。
「これがトレッドミル。運動負荷のマシンだ。設定は・・」
「はい!臨床実習で、手伝わせていただきました!」
「さすが主席だな」
「えっ?いえ!」
内心、心は「まあね」に過ぎない。でもそれが転落しないかが不安なのだ。学生の時は、みな基本不真面目だ。彼女は地道にやってきた。どんなつまらない授業でも、魅力のない科だとしても。彼女はノートを、コミュを取り続けた。常に先頭に立って。天才的な学生は多かったが、次々とメンタルをやられていった。たまたまの怒号、失点・・でも多くは、間宮への嫉妬が多かったのだという。
医学部を目指すものに限らないが、同じクラスで勉強する以上、自分がだれより上か下か、これは自分の今後を左右する。やる気の今後だ。しかしいつまでも叶わないと、それは絶望の旅に代わる。間宮の粘り強さは、決して他を引き付けようともしなかった。
まだ角ばったキーの列をはじき叩くと、ベルトがウィーンと傾斜を作り出した。だんだん速くなる。
「このプロトコールでいこう。小川スペシャルだ。はは。地方会では有名だ」
地方会って・・・ださ。
循環器医師は、やたら自分の基準を作りたがる。いや、もちろん間宮は不快ではない。彼女は作ったような笑顔で、廊下に声をかけた。
「山本悠馬さーん!」
「やっとか・・・」
中年男性が、のそっと立ち上がった。二日酔いっぽいダルさだ。
「ったく、遅すぎやで・・で?脱ぐの?」
「はい・・・こちらで」
すると、近くのカーテンが開いた。
「あ、あの。間宮先生」童顔のユウキだ。
「えっ?」
「もうちょっと、小さな声で」
「そこで検査を?呼吸器の?」
よく見ると、呼吸機能検査の機械。外の表札は<運動負荷>だが。
「ご、ごめんなさ」
ユウキは、横の医師に頭を下げた。ハタケだ。間宮のオーベン。
「でなユウキ。こうすんだよ」
「はい・・」
指導してもらってる。あたしは、あたしのをやらないと。
あたしは指導医の先生方の、全てをもらう!
心電図電極、という吸盤を1個ずつ、患者の胸壁につけていく。何度も、ぽろっと落ちる。
「あっ・・・すみません」
「えっ?女医さんなの?学生さんみたい。へへっ」と患者の山本。女を思いっきり意識している。
「・・・・・」
「25くらいか?」
「いや、その・・・」
「なんやあ、年くらいええやろお」
間宮は、正答したくなかった。だってあたしは・・・
「さあ、もういいでしょう!」小川医師が吠えて、場が引き締まった。患者はゆっくり歩き始める。
「だんだん速くなりますよ・・・」小川は顎で合図、間宮はこなれた動作でキーをアップしていく。
「どうもないですか?」
「ないよー!まだビンビン」後ろ向きで答える患者。
「ほら、波形がこのように・・わかるか」小川の指導。噂のワキガ臭・・どころじゃないが。すると。
「はーい!吸って吸って―!」
ユウキの声がこっちの機械に負けない大声で。
「はーい!そこで吸って!じゃない吐いて・・すんません」
どうやら、やらかしたようだ。
「アホンダラ!」叱咤する間宮のオーベン。自分も、いつかああ言われるのかな・・・。大人になっても、怒鳴られるなんて。偏差値70じゃ、足りないのかな・・・。
検査の時間は、淡々と過ぎていった。考えてもみれば、この時間の密度も悪くない。1人ずつこなして上達して、次の未知を学びたい。ほかの4人に負けないように。でも、このユウキは優秀なんだろうか。他大学から来たから、私はまだわからない。
優秀だと面倒だな。でも、さっきのトロさなら大丈夫か。でも、なんで、わざわざ県外のここに・・・。
運動負荷が4例ほど終わり、検査が途絶えてもう11時。
小川がゆったり椅子に腰かける。
「どう?もう一人でやれるでしょが」
「えっと・・」
「やれるんじゃないの?どっちや?」
「やれます」
つい答えた。
「よし!」いきなり近くの内線にTEL。
「宮川。今からそっち行くわ。来週からは、間宮君がやるから。え?大丈夫だよ!今からそっちでプレイな」
え・・・
小川は電話を切った。仏のような無表情に。
「じゃ、頼んだ。来週から1人で。分からなければ」
「ら、来週から・・」
「そうだよ?だって君、さっきできると言ったじゃないか?嘘やったんか?さっきのは?え?」
すごく、高圧的なしゃべり方。
「ですが・・」
「ですが?何?」
3秒。
「何もない。ということは、いけるな。じゃ、わからなかったら電話して。院生のところにいる。もしくは他の循環器医に」
「わ、わかりました」
院生のところって、そうか。宮川先生は、王子さまは院生なんだ。窓の外見てた彼、アウトローよね。
出る間際。小川は振り向いた。
「あーでも。くれぐれも。呼吸器科のやつら、いや医師らには声かけないように」
「えっ・・」
「だってな。あいつら・・」
「はーい!すってすてええええええ!」
ユウキの声でかき消されてしまった。ドアは閉まった。
(前奏)
「・・・・・・」(以下、「夏が来る」)
(長い階段を降りる日傘の女性)
近頃 周りが騒がしい 結婚するとかしないとか
社会の常識・親類関係 心配されるほど意地になる
(横切る、医局員らのイメージ)
私が好きになるぐらいの
男には当然 目ざとい誰かいて
お見合い相手の付録に一瞬グラッとするけど
One More Chance!!
本気の愛が欲しい
(床で手を伸ばす研修医ら)
夏が来る きっと夏は来る 頑張ってるんだから絶対来る
恐がられても 煙たがられても
諦めない 悔しいじゃない もう後には引けない
「何が足りない・・・。どこが良くない・・・。」
どんなに努力し続けても
残されるのは あぁ結局
何でも知ってる女王様
それでも夏はきっと来る
(大学病院に向けて、撃つ仕草)
私の夏はきっと来る!




