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レジデント・サーガ   作者: サンダル先生
23/24

23 抄読会


 朝7時。時間厳守の抄読会の時間だ。研修医らは最前列。今のところ順番は来ていない。前のホワイトボードには、<担当 杉山>とある。ユウキは、さきほど事情を知った。


「言えよ、君ら・・・!」5人の中ちょうど真ん中のユウキは、小さく苦言した。しかし、みな無言で澄んでいる。

「消化器科の転科も、まだ終わってないのに・・・!」


最後尾の長いソファに、デブが数人座っている。そのど真ん中に、杉山が座っている。何やらブツブツ土産話をし・・

「うわっはあ!」

こうして爆発的に大笑いしている。笑いながら差し出したA5くらいの紙を数十枚、間宮が受け取って配り始めた。


「あたしもやる!リンちゃん!」グッチが立ち上がったが

「いい」


間宮はすごい速さで配っている。このほうが効率が良いのだ。

ユウキも受け取った。

「ステント留置・・・」


当時、カテーテルによる冠動脈拡張は、風船療法だけだった。噂では、杉山はこのステントをいちはやく使いたがった。


要約は手書きで数行。あとはFigure、つまり図解・グラフが4つ。どっかから切り抜いて貼ってるようだがズレが大きく、つぎはぎ感がぬぐえない。どうやら即興で作ったものらしい。


「教授、来ないの?」「来ない?」「おしゃラッキ」「やめよぜ」「教授まじ?」「午後も?」「ちょうど昨日ほれ」「それでか」


コツコツコツ・・バン!と右手前、教授・助教授がふつうに入ってきた。みな沈黙。


「えー。杉山君がちょうど日本に戻ってきたので。彼はアメリカの大学で循環器のハートチームを組み、そこで新しいシステムを学んできました。わが医局にぜひ新風を吹き込んでもらいたい。もちろん、研究だけでなく、講師としての教育、病棟臨床、研修医への教育」


 きた!ユウキは銃弾が当たった感覚だ。<じゃ、これでお開きに>なんて展開になるはずがない。目の前に、ゴジラは立った。


「あ!お前な!きのういたよな!」杉山は寝ていたはずだが、正面のユウキに戸惑いはしなかった。

「あ、はい」

「手伝ってもらいたかったんだけどな。はは」教授の前なのか、非常にジェントルな標準語。


「え、いや昨日ははい。自分はここ来ましたけど」

「手伝ってあげなかったのですか彼を?いかんなあ」教授が少し怪訝に。


「いやだって、ねてて」一瞬、周囲が凍り付いた。

「始めましょう。杉山君」教授は進めた。


「はい。教授、ありがとうございます。先ほどシステムというワードが出てきましたが、私が非常にインプレッションを受けたのは。海外のダクターは非常に能天気である。いやこれはfoolishとかいうmeaningではなく」

いちいち、英語が癪に障る・・・。


「オープンマインド。自分の持つ情報が常に開示されている。日本では、各自がなかなか本音を語らない。ディスカッションで非常に時間がかかる。でも彼らは日常がすでにディスカッションなのです」はやくやってくれ。はやく・・・


「あちらの大学ではステントによる拡張をやっている。どんどんやっている。1にステント、2にステント。日本は遅れている。当院でも、できれば今期からステントによる拡張術をファーストチョイスとしたい」彼はそうだ。循環器部長に就任したのだった。今後、呼吸器部長との格闘が予想されていた。青白いと有名の、ひょろっとした呼吸器部長は後ろの方にいた。非常に寡黙な先生で、永田先生という。


「そのグラフ。そこの大学で400例施行した。再狭窄率は劇的に改善している」


教授は呼吸器部長に投げかける。

「素晴らしいでしょう。永田君」

「はい。ふむ」

「呼吸器科も、何かしたいものですなあ」教授は呼吸器科なので。

「そうですね。当院でも将来、気管支のステントの構想もあるのですが・・・」

「君。頑張りなさいよ?」教授は外に呼ばれ、去った。


「はい。杉山先生」


「なんや?」豹変、というか昨日のあのキャラだ。永田先生を嫌いなのは読み取れた。

「通常の風船よりも成績が良いのはわかりました。でもこれは短期でしかフォローしてない。3か月フォローでは、予後改善の評価とまでは言えないのでは」

「お前らの言う予後って、いつまでのことを指すんや?」


目の前で炸裂する言葉に、研修医らは互いに顔を見合わせた。いや、間宮はずっと正視している。


「その後も追って調べとるが、今のところ問題ない」

「再狭窄に対する対応や、血管内の状況も知るべきで」

「さいなあ。終わりや」


循環器チームら10名余りは、大拍手喝采。小川や平田がいた。松田も早めの拍手。

呼吸器チームは、みな冷めた表情。永田の表情を気遣う。


壇上に医局長。橋口は呼吸器。

「はいはい。ありがとうございました。えーと、これでユウキ先生の指導医が、ハタケから変わるんですよな?杉山先生に。はいはい!」


外来・病棟業務に散るため、みな椅子付き机からガラガラと離脱し始めた。雑音の中、ユウキに向けて杉山の声が聞こえる。


「ウキ!ユウキ!」

「はいっ!」


ユウキは行きかう人ごみの中、まっすぐソファの方へ向かった。


「ユウキです。よろしくお願いします」

「どう思った。お前。白衣!」

「?」白衣は汚れてないが・・

「ボタン。身だしなみや」よく見ると、ボタンが1つ合わせてなかった。

「すみません」


「永田、あのネクラの永田!呼吸器いうたら、あんな奴ばっかりや!ええか。絶対に呼吸器は入るなよ」

「えっ?は、はい」とにかく、生き残るには、次に進むにはイエスのボタンしかない。


「患者見に行く前に、情報の確認や」入院カルテ、すでに持っている。

気が付くと、驚いたことに・・・誰もいない。いや・・カチャ、と後部のドアが開いた。ささっと忘れ物を取りに来たハタケ。


「へへっ!ま、ごゆるりと!」

バン!ものの数秒だった。


「なんやこれは?」と杉山。

「カルテです」

「あほが!わかっとるわそんなの!」三叉神経すべてに、電流が走った。


「点滴は同じやつ漫然といっとるし、レントゲンはしょっちゅう撮っとるし・・・この被ばくだけでガンになるわ、バカたれ!んで、レントゲンの絵か、これ?ミミズ書いとんかおのれは?眼科行った方がええぞ」

いちいち傷つきはしないが、なんだろう、この閉塞感・・・。


「で?お前の診断は」

「イレウスです」

「だあから!原因やー!」

「物理的な狭窄、あるいは麻痺性の」

「だからどれや!だ!か!ら!ど!れ!や!」書ききれないが、この一文字ごとに足をドンドン踏み鳴らす。


「消化管出血の間接的所見もなく、腹部CTの所見でも・・」

「あーこんなのさっさと診断せいや~」


循環器の典型的な医師像だ。


「消化器科へ転科って教授が根回ししたんやって?」

「は、はい。今週ではないかと」

「それがな。教授らが学会で明日から3週間くらい、日本におらんらしいぞ」

「?」

「あちらのカンファレンスがその間、ないっちゅうことや」

「か、カンファレンスを通さないといけないんですか・・」

「そりゃそーやー!他科とはなあ、礼儀あるところに連携ありや!したがって、それまではうちで!うちで診るんや!」

「いや、しかし」

「循環器が循環器しか診れんとか、そう思われるで?」


いやでも、そんなプライドより・・・


「おっとっと。無能な奴の世話してたらもう9時や。いかんいかん。この話の続きは夜の9時ころやな。それまで病棟など診とけ。イレウスの最新のトピックス。文献も50くらい集めとけ」

「自分は、呼吸機能検査担当です」

「聞いてないのに言うな、わはは。おもろいやっちゃな。ネジ1本ないんとちゃうか?」


そうか。教授はどうも、本格的な根回しはしてくれなかったんだな・・・。それよりも、目前の仕事をこなさないと!悩んでいても、進むのは無駄な時間だけだ!

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