22 ハチのように、SAS?
キイ、とカンファレンスルームを開けるユウキ研修医。
「失礼しまーす、と一応」
「グオオッ!」
「わっ!」
クマか何かかと思ったら…遠くのソファで斜め横に寝ている巨体。顔は天井を斜めに見上げている。白衣を着ているから、医者なのだろう。
「だれだ、このオッサンは・・」
「グオオ!グガガ!」ピタッ!と息が止まる。そして・・・
「ンゴッ!グガガ!」無呼吸か。まあ、この体格じゃあな。
それにしても、なぜ誰も入ってこない。荷物さえ、なにもない。さきほどのメンツは病棟中をあちこち移動してるみたいだが。院生の雑用でも頼まれただろうか。
ユウキは、病棟から院内カルテを持ってきた。看護記録など、目を通す。
「・・・・・そうだ、。転科に合わせての、サマリーを書かなきゃ」
カバンからワープロを取り出し、パカッと開ける。やることはノートPCのワードとそう変わらない。
「・・・・・・・」カチカチカチ、と雛形ファイルに合わせて打っていく。
「グオッ!」
カチカチカッ
「ゴ!」カチカチカ!「グオッ!」
キー打ちと、イビキのコラボレーションだ。
隙間から、間宮が見ている。
「院生の先生は、許してくれるってラーメンの件・・・・な?何やってんの?」小声だが、十分届いている。
「これか?見てろ」
カチカチカ!「グオッ!」カチチカチ!「グオッ!」
「ぷ!」間宮は吹き出しそうになったが、顔は恐怖に満ちている。
カチカチ「グオオオオオオオ!」
チチチ! ユウキは両手を挙げて、立って間宮におじぎした。
「サマリー終了!」パタン、とワープロが閉じられた。
「すごい・・・」間宮は珍しく怒らなかった。むしろ赤面している。
「この人、だれ?」
「その先生・・あっ。ポケベル呼ばれた」
「名前だけでも」小声。
「すぎ、あっごめん!」間宮は詰所へダッシュした。
廊下の外にいた若いナースが、呆然と立っている。
「す、好きって。いま、すきって」
このなり立てナースは、田宮の彼女・・・の1人らしい。彼によると、本命らしい。一緒にダンスコンテスト出たりとか、地方の雑誌にも載ったらしい。今でいうAAAメンバーのような。しかし当時は、そのとき流行のイーストアンドプラス・・で例えられた。
アイドル顔負けの彼女はおでこを広げることで、ありふれようと努めていた。今は目立たず、先輩方を見よう見まねで。心細いのは、新人が自分1人だけということ。でも彼女には田宮がいる。サポートしてあげたいのと、浮気を防止できるというメリットもある。
田宮は、彼女とすれ違いざまに何かささやく。今なら携帯で簡単にメッセージだろうが、端末のない恋人同士は、むしろその不便さでドラマを作り出していた。自分の都合のよいように。
向こうから、田宮が小さく口パクする。
「ユウキ、まだいる?」
「いる」
「今日も22時。ロイホで」
「わかった。ちゃんと来てよ・・」
誰も見てない瞬間、彼女は指で彼の背中をグリグリ。白衣が食い込み、彼はよじれた。彼女の白い歯が一瞬だが濡れこぼれた。
大学だけに限らないが、どんな忙しい職場でも、そこに雄と雌がいる限り・・・・互いの生存本能を急ぎ求め。さまよう。
杉山は時差ボケが抜けられず、とうとう深い眠りのまま。イビキ、無呼吸を繰り返す。ポトッ、と落ちたメモ帳がヒラヒラと開く。今日の予定は・・・
「あす朝の抄読会担当。コベンと今日中に作成すること」とある。
ユウキは帰り、そして・・・
誰もいなくなった。
プチッ、とカンファルームの中は真っ暗に。




