21 一食即発
夕方になりかけたところ、日曜日でありながらユウキは落ち着かない。研修医生活でやっとの日曜日だが、暇ができると、妙にその時間が貴重に感じて・・・特別だと思うから、考えるうちに時間が過ぎていく。
いや、気にかかるのは・・腸閉塞の患者のことだ。病態はまだ改善したわけではない。教授の根回しとはいえ、自分の手からは離れるわけだ。自分は医者らしきことをしたんだろうか。それも一生懸命と言えたか・・・
自分の声でないだろうが、繰り返し訴えかけてくるものがある。ただ、昨日ノナキーにこっそり呼ばれ「サマリーに連名させてほしい」と言われたのを思い出した。連名、って。主治医でもないのに名前だけって、なんのための打算なのか・・・。
ただ、聞いたことはある。医学論文に連名してもらって、しまいにはその論文をまで乗っ取って教授に昇格とか。
自宅のテレビも面白くなく、リモコンで消した。
「ま・・・行ってはみるか。たぶん、みんな来てんだろうなあ・・・!」
病院行くのに、準備は要らない。すべて、向こうに置きっぱなし。だいいち、医学書はクソ重い。
留守電が点滅しているが・・・あえて聞かず、リセット。
靴を片足ずつ履きながら、効率悪くスキップ。眼下には、大学病院の構内が大きく拡がる。
野中は、<家庭教師>芦原に、カルテのチェックなどを受けていた。
「そうだね。病変としてはそこが考えられるね」
「宮川オーベンは、検査全部そろってから見せに来いって」
「うん。まあ彼は推測しながら、というのは嫌いだからね。エビデンス、って最近医学界でも言うようになったようにね」
「?」
「客観的な事実をもとに、主観を加えるっていう。ちがうかな・・」
「でも、客観的な事実がすべてじゃないでしょうし」
親戚のお兄さんと思うくらい、野中は芦原にフレンドリーだった。芦原は指導医や解剖などの資格も併せ持っており、開業先は2件目を準備している。
「ま、君のお父さんには頭が上がらないしね・・」
「なんでも言ってやってくださいよ!資金援助なんて!先生ならいくらでもお金あるでしょう!」
「いやいや。金はね。銀行がどんどん貸してくるから、手持ちはないんだ」
研修医に、金の話なんて分かるはずもないし興味もない。
すると、キイ・・と近くのドアがゆっくり開いた。院生の1人。
「あのう」
「待て!いま野中くんと大事な話をしてるんだ!」かなり威圧的に変貌する芦原。
「す、すぐすみます。芦原先生、いま、カンファルームに」
「杉さんが?」
カンファレンスルームの外から、コソ泥のようにゆっくりスライドドア。
「うむ・・・」芦原は、同僚の姿を確認。
後ろでは、診療目的で脱出した研修医ら。ユウキ以外はそろっている。
いや、そのユウキがいま来た。
「おは、いや。ばんは」ユウキは処置室のほうへ向かった。いつもそこで着替えるので。
田宮は汗垂らした。
「ユウキくん・・・コベンなのに。まだ何も知らないんだよね」
「かわいそう・・」グッチが両手を口に。
芦原が奥を確認し終わったようだ。こっちに振り向く。
「寝てる」
みな、ずっこけた。
「あいつは獣だから、怒らさなければ大丈夫。今の先生が、コベン?なんだね。まあ誰でも通る洗礼だから。彼もいろいろと学ぶでしょう。まあでもね、ああいう飄々とした先生ほどうまくいったりするものさ」
なんて適当な・・・またミッチーみたいにひきつり笑い。<同僚>と言いながら、彼も杉山との間には距離がありそうだ。猛獣使いは、いないのか・・・。大学にはアドリブ上手なドクターが多い。どんな攻撃があっても、まともに弾が当たらない。とにかく交わすのが得意だ。何かしたようで、実はしていない。でも、何かはしたでしょう。そういう体質だ。
「ちわっ!」食堂のおじさんが、配達のカゴをさげている。
「あ、ありがとーう。いくらですか」間宮がウサギの耳型財布を開ける。
「うわ!ウサギ。マジか!うさぎって・・・」田宮が目を手で覆う。
「ああ、あの部屋で料金はいただきましたんで!」
「えっ?そうなんですか?でも誰が?」
「定食置いたら、無我夢中でおいしい、おいしって」
「ええっ!」
間宮は大声を上げ、失踪した。
「あれな院の先生の!」
田宮はあきれつつ、投げかけた。
「食い物くらいで、ムキになんなよマミー!」
バアン!と開けたら・・
「ふぐ。ふぐ。うまいこれ」
「ちょっと!」
「ラーメン伸びとるわあっち!」
「どうしてくれんのよ!」
「みんな食べて、俺のだけ遅れてきたのと、ち?」
机に、バーンと資料を叩きつけられた。近くの内線をビヨーン、と伸ばし・・
「院の先生に、説明して!」
ユウキの口から落ちたチャーシュウが、スープに勢いよく王冠現象し・・・間宮の両眼鏡にパチッと散った。




